10歳

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10歳

 お葬式に出たのは、僕が幼稚園に通っていた頃以来だから、ずいぶんと久しぶりのことだった。とは言え、幼かった時に出たお葬式のことはほとんど覚えていなかったから、実質的には初めてに近い。作法も何も知ったことではなかったから、焼香する時も祭壇の前で隣に並んだ母を見ながら見よう見真似でやった。母は僕が見たことのない顔で祭壇に飾られた写真を見上げた。一昨日の夜、僕は母が泣くのを初めて見た。大人でも泣くことがあるのだな、と思った。  母が手を合わせて深く頭を下げると、僕もそれに倣った。  誠二くんのお母さんが癌の診断を受けたのは、ずいぶんと進行してからだったそうだ。仕事中に痛みに耐えかねて勤め先の病院で診察したところ、すぐに癌を疑われ精密検査の結果、宣告された。なんでもっと早く検査しなかったのと、僕を連れて病室を見舞った母は、看護師が飛んでくるぐらいに大きな声でおばさんを叱った。 「あんまり似てないね」  母がぽつりと零して、僕は祭壇の方を振り返った。親族席には二人だけぽつんと座っていた。喪主である誠二くんと、その隣に中年の男性が座っている。初めて見るその人は、彫りの深いやや外国人のような顔をしていた。しっかりとした眉毛とがっちりとした体のせいで、隣にいる誠二くんは一段と頼りなさげに見えた。 「おばさんに似てたんだね」  母の視線に気づいたらしい誠二くんの父親は、わずかに目礼した。 「いい天気だね」  立ち昇る煙を並んで眺めながら、僕は誠二くんに言った。僕が初めて身内を亡くしたのはまだ物心もつかないような小さな時だった。父方の祖父のお葬式だったけれど、ほとんど記憶はない。広いお寺の中で妹と走り回ったのが楽しかったことぐらいしか覚えていなかった。だからとても悲しいだろうことはわかったけれど、何を言えばいいのか僕にはわからなかったのだ。幸運なことに僕の両親は今でも健在なので、きっと今の僕でもなんと声をかけたらいいのか悩むだろうし、その頃の僕を責めることはできない。  ともかく、かけるべき言葉を持たない僕は、結局そんな間抜けなことを言った。煙の先を目で追っていた誠二くんは、そのまんま口を開いた。 「本当にいい天気だね」  元々親戚の少ない家だったようで、火葬場には誠二くんと彼の父親、そして僕と母とあとは誠二くんの父方の叔父という人しかいなかった。おばさんの両親、つまりは誠二くんの祖父母は、他界しているか施設に入っているかで、葬儀に出られなかった。家族同然とはいえ他人の僕と母が葬儀場から離れた所にある火葬場までついて来たのは、そんなわけだった。 「母さんは雨女だったから、こんなに晴れるのは珍しいかもな」 「確かに出かける時はいつも雨だった」 「本当にね」  みんなで夏にバーベキューをした時も、温泉に行ったときもそういえば雨だった。そんな時、いつも誠二くんはまた雨だとからかって、おばさんは本当だねと笑った。 「自分でも言ってたしね」 「……大丈夫?」  少し切なく(今だからそう言うが、その時の僕はなんと表現していいのかわからなかった)笑った誠二くんに僕は言った。誠二くんはようやく僕の方を見るとやっぱり切ない顔で口を開いた。 「大丈夫。もう覚悟はずっとしてたからね」  最後の数ヶ月は大変だった。とはいっても、僕が実際に見たことではなく母が父に話していたことを聞いていただけだったけれど。僕は初めの頃に一、二度だけ見舞いに行っただけだったが、母は女手が必要だろうとなにくれと世話をしに病院へ行っていた。元々線の細い人だったけれど、最後に僕が見た時にはもうすでにかなりやせ細っていて子供心にもぎくりとしたものだ。棺に入ったおばさんは、それよりも数段小さくなって収まっていた。
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