10歳

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 よく晴れた空を見たまま誠二君は呟いた。 「母さんとあんなにじっくり話したのは初めてかもしれないな」 「病院で?」 「うん。いろんな話をしたよ。父さんと出会った時の話とかね。大河のことも言ってたよ」 「え、なんて?」 「将来イケメンになりそうだねって」 「嘘だあ」  僕たちは立ち昇る煙を見ながら、ぽつぽつと話をした。時折笑って見せる誠二くんに、僕は安心した。落ち着いていたし、時々は冗談も言った。僕はやっぱり誠二くんのことが好きだったから、なんとか元気付けなければと思っていた。その頃には僕の「好き」は確固たるものになっていて、無意識のうちにドラマや漫画で見た恋愛の「好き」に等しいものになっていた。だから誠二くんが悲しんでいるのなら全力で慰めてあげようと思っていたのだ。 「父さんとも久しぶりに会ったし」 「あんまり似てないね」 「そうかな」 「おばさんに似てるよ」 「そうだったんだね」  目を細めてどこか遠くを見たあと、戻ろうか、と誠二くんは言った。手を繋ぎたいなと思ったけれど、恥ずかしいから言わなかった。無邪気に手を繋いでいられる時代は終わっていたのだ。  葬儀場に戻りもう一度お参りが済むと、部屋を移動して食事となった。精進落としだから、子供の口には合わなくて僕は刺身こんにゃくを箸でこねこねしていた。 「ちょっと、みっともないからやめなさい」 「だっておいしくないし」 「子供なんだから」 「子供なんです」  母さんと話していると、誠二くんのお父さんが挨拶に来た。 「真知子と誠二が大変お世話になりました。本来なら身内であったはずの私がやるべきことを、本当に熱心に支えて下さったそうで」 「真知子さんにお世話になったのはこちらも同じです。すごく優しい人でしたから。それにこの子も」  そう言って母は、まだこんにゃくを箸でつついていた僕の頭を小突いた。 「誠二くんには本当によく面倒見てもらってましたから。散々遊んでもらったし勉強も見てもらったし。ね?」 「うん」  遊んでもらった、なんてこれでも結構話し相手になってたんだと僕は母の言葉を不服に思っていた。 「誠二くんは真知子さんと同じで面倒見がいいから」 「誠二も大河くんと一緒にいてずいぶんと慰められたと言っていました。ありがとうな」  誠二くんのお父さんは僕の肩に手を置いて笑った。その笑い方は少しだけ誠二くんに似ていると思った。  参列者はおばさんの職場の関係の人が多かったから、葬儀のあと残ったのは少なかった。食事は、誠二くんのお父さんが挨拶をして終わった。母は片付けを手伝ってから帰るとのことで、僕と妹は父と一緒に帰ることになった。駐車場に出たところで車の鍵を母に預けたまま忘れていたらしい父が、ちょっと待ってろと戻っていった。 「ご飯おいしくなかったね」 「あー」  僕と妹は車のそばで並んで待っていた。慣れない雰囲気に疲れていたから、何かと話しかけてくる妹に僕は適当に返事をしていた。
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