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「千佳ちゃん、結婚するんだってねえ」
それは、鮮やかな葉桜が美しい5月のことだった。いつもと変わらない夕食の席で、随分と背中の丸くなった祖母がふと溢した言葉に、伸ばした箸が止まる。
「……千佳ちゃんって、千佳姉?」
「そうだよ」
愕然とする僕のことなど見ていない祖母は、あっさりと首肯して、かぼちゃの煮付けを口に運ぶ。
ほろほろと柔らかいそれを歳のわりにしっかりした動きで食した祖母は、そこでようやく顔を上げた。
「あんたまさか、聞いてなかったのかい?」
「……全然。全く、知らなかった」
大好物のコロッケを前にただ固まる僕を、祖母はなんとも言えない顔をして見つめ、つと目を伏せる。
小さな体に纏っているのは、“同情”だ。
「……ちょっと、婆ちゃん」
「余計な事言ったね。忘れな」
「忘れないよ! ていうか、勘違いなんだってば」
「はいはい。分かってるよ」
煩いと眉を寄せながら黙々と食事を続ける祖母に、それ以上なにかを言い募るわけにもいかず。
僕は祖母の勘違いを正すことも出来ないまま、真似るみたいに食事を再開するしかなかった。
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