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「ありがとうございました」
自宅近くまで届けてくれたタクシーを降り、まだ降り続く歩き慣れた道へと、足を踏み出す。
お客さん、傘は。運転手の焦るような声には微笑みを返して、親切を拒むようにバタンと、扉を閉めた。
ぱら、ぱら。大きな雨粒がひとつ、ふたつと降り注ぎ、髪を、スーツを、革靴を濡らしていく。
帰ったら、祖母にしこたま怒られるのだろう。
「子供かっての」
幼い日のアレやコレを思い出して緩んでしまう口元を伏せて隠し、雨水を散らし進む足を見下ろす。
夕立はすぐに止む。そうして漂う空気を一掃したら、一陣の涼風を柔らかに運んでくれるのだと。
知っているから、また、顔を上げられる。
「……腹減ったな」
小さくなった雨粒が、静かに頬を滑り落ちていく。昼と夜の間で揺蕩う綺麗な茜色の空を迎えられるまでは、まだもう少し、夕立のままで──。
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