さよならの理由

9/9
前へ
/83ページ
次へ
「昨日一晩、考えたんだ。正直梢のことは好きだし、大事だけど、それはもう家族と同じような感覚で、恋愛とは違ってきてる。今、女性としてどっちが好きかと考えた時に、美々だと思ったんだ。それに美人でモテるのに、入学してからずっと一途に想ってくれていて、嬉しかった。こんなに綺麗な子と付き合えるなんて、人生でそうそうないと思うし、今まで辛い想いをさせてしまった分、大切にしていきたい」 「義隆先輩、本当!?梢先輩には申し訳ないけど、すごく嬉しい」 キリッとした目を細めて涙ぐみながら、美々は喜ぶ。それとは対照的に梢は焦った。 「ちょっと待って、急にそんなこと言われても・・・。小田原のアパートはどうするの?日曜日に契約に行く予定だったよね?卒業旅行はどうするの?予約しちゃってるよ?そんな勝手なこと急に言われても困るよ、もう一回よく考えてよ」 素直に別れたくないって言えば良かったのかもしれない。義隆が好きで必要だとアピールすれば良かったのかもしれない。しかし梢はそれができず、事務的なことを並べて困ると言うことしかできなかった。こんな大切な時に素直になれない自分が本当に嫌になる。 「アパートはまだ契約してないし、キャンセルできるだろ。卒業旅行もキャンセルしよう。キャンセル代は俺が出すから。本当に自分勝手でごめん」 「本当に勝手だよ。これからどうすればいいの?」 「梢は俺なんかよりずっとしっかりしてるし、可能性も才能もあるから、一人でも大丈夫だよ。最後、こんな形になってしまって、本当にごめん」 梢はこんなに「ごめん」と謝られたのは初めてだった。もう一生分「ごめん」と言われたかも知れない。そしてここから梢が何か言ったところで、義隆の考えは変わらないということを悟った。義隆は、簡単に自分の考えを変えるようなタイプではないということを梢は知っている。 あんなに大事にしてくれた義隆が、梢を傷付けてまで美々と付き合いたいというなら、よっぽど好きなんだろうなと感じた。それに想い合ってる二人にこれ以上何か言っても、梢がカッコ悪いだけだ。 「分かった、二股かけるような最低な男、私から振ってあげる。小田原のアパートと旅行はキャンセルしといてくれる?部屋にあるお互いの荷物は、今度のゼミの時に交換しよう」 それだけ言うと梢は、小走りで逃げるようにその場を去った。涙でメガネが曇ってしまって、よく前が見えない。とりあえず授業どころではないので、アパートに帰る。 机の上には義隆のために綺麗になりたいと買ったファッション誌が置いてある。結局、ろくに開くことなく終わってしまった。ちゃんと義隆の為に努力していたら、何かが変わったのかなと後悔しても、それはもう後の祭りだった。 二人の恋はこうして、突然、あっけなく幕を閉じたのだった。 それからの大学生活は最低だった。学校では義隆と梢が別れて、美々と付き合い始めたことがすぐに噂になった。みんなに悪口を言われてる気がして、梢は学校を休みがちになった。幸い単位は足りていたので、ゼミの研究だけ仕上げれば卒業できた。でもそのゼミには義隆がいる。聖奈と紗子に励まされながら、最後は嫌々ゼミに行った。 そして卒業後、逃げるように東京へ引っ越した。仕事を始めてしばらくして、義隆と美々が別れたらしいと、風の噂で聞いた。 もちろん梢は義隆に未練があったが、このまま会いに行っても同じ事の繰り返しになるような気がして会いに行く気にはなれなかった。 今度会う時は、超綺麗になって見返してやりたい、そう思うようになった。それは義隆に浮気された一番の原因は、美々との外見の差なのではないかと考えたからだ。 綺麗になって、見返してやりたい、そしてできれば自分が味わった苦しみを、義隆にも味わせてやりたい。 いつしかそんな風に考えるようになり、梢は綺麗になることへ執着し、没頭していった。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1048人が本棚に入れています
本棚に追加