彼の本音

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どうして私を好きなフリなんてするんだろう? 梢は茂晴と話しながらも、不思議に思った。 義隆の友達だから、幸せなアリスとの交際を邪魔しようとしている梢が目障りなのだろうか。 しかし茂晴は梢が勘づいているなんて思ってないので、雑談をしながらも、優しくて甘い言葉をかけてくる。 「梢ちゃん、ちょっとごめんね。許して?」 「え?」 しばらくダラダラと二人で飲んでいたが、何かを見つけた茂晴は、急に梢の椅子を回転させて自分の方に向けた。 チュッ。 そしてお酒が回って熱が帯びた唇を、梢の頬に軽く押し当てた。茂晴の無精髭が梢の柔らかい肌に触れ、思わずドキッとする。 「ごめん、可愛くてつい。ほっぺにちゅーしちゃった」 「・・・?!」 「可愛いなぁ、今度は口にする?」 驚いて固まっている梢に、茂晴は悪戯っぽく笑う。あまりにもびっくりしすぎて、梢が何も言えないでいると、今度は頭の上から、さらにびっくりする声が聞こえてきた。 「梢?!シゲさん?!どうして・・・」 聞き覚えのある声に急いで振り返ると、目をまん丸にして驚いている義隆がいた。 どうやらタイミング良く、店に入ってきた所だったようだ。 もしかして義隆、今の・・・見た?! 梢は何か良い言い訳は無いかとぐるぐると考える。しかし梢よりも先に、茂晴が口を開いてしまった。 「義隆、そーゆことだから」 茂晴は自信満々にそう言うと、いつの間にか梢の右手をしっかりと握っていた。 「・・・そーゆことって、どーゆことだよ」 「見てのまんまだよ。俺、梢ちゃんのこと、好きになっちゃったから。だからお前は安心して、今まで通りアリスと仲良くな」 「あっ、違うの、義隆!これは・・・!」 梢は慌てて言い訳をしようとする。茂晴の手を振り解きたいが、力が強くてびくともしない。それどころか茂晴は、さらに体を寄せてきて、梢の腰に手を回してくる。 「あっ、ちょっ、辞めて下さい・・・!!」 梢は離れようと抵抗するが、そんなのはお構い無しで、茂晴は義隆を挑発し続ける。 「お前には、すでにアリス姫がいるだろ?お姫様は1人までだよ、義隆」 「別に俺と梢はそーゆのじゃ・・・」 「ふーん、じゃあ、異論はないな。俺と梢ちゃんが付き合っても」 「・・・好きにすれば?」 義隆は冷たくそう呟くと、店を出て行ってしまった。するとそんな様子を遠くで見ていた雅が、急いでこちらにやって来た。 「え?今の義隆だよね?来たばっかりなのに出ていくってどういうこと?!」 「さぁ、どういうことだろうね?」 「・・・もしかしてシゲさん、何かした?」 「さぁ?ちょっと喧嘩しちゃったかも?」 茂晴はそんな風にとぼけてみせた。一方梢は、義隆の言葉と様子が気になって気になって仕方がなかった。 少し前は、梢のことを愛おしいと言ってキスをしてくれたのに、今度は茂晴と付き合っても構わないと言ってきた。本当に振り回されてばかりいて、笑えてくるぐらいだ。 「ごめんなさい・・・私・・・」 「義隆、追いかけるの?」 「はい・・・」 「行かないでって言ったら?」 茂晴はそう言うと、梢の右手を強く握って静かに見つめてくる。その真剣な眼差しに、一瞬吸い込まれそうになるが、梢は手を振りほどいた。 「ごめんなさい、行かせて下さい」 「・・・分かった、いいよ、行っても。でも、義隆に何か言われて傷付いたら、戻っておいで。しばらくここで待っててあげる」 「そこまでしてもらうのはちょっと・・・」 「いいから、それくらいさせて。ほら、早く行きな、追いつかなくなるよ」 茂晴は悲しそうに笑うと、梢を店の外へ送り出した。茂晴の時折見せてくるあの表情が気になったが、今は義隆に追いつく方が大事だ。梢は茂晴のことは一旦胸に閉まって、勢いよく走り出した。
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