彼の本音

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梢はあまり足が早い方では無かったが、ジムで週に三回程ランニングマシーンでトレーニングをしているので、持久力には自信があった。 走って追いついた所で、何を言えばいいのか、正直分からなかった。でもここで義隆を追いかけなければ、本当に何もかも終わってしまう気がしたのだ。 「義隆!!」 全速力で走ると、横断歩道の先に義隆の姿を見つける。自分の持ってる精一杯の力を振り絞って叫んだ。 「義隆!!待って!!義隆!!」 自分にこんな大きな声が出せるのかと、驚いてしまう位だった。それは横断歩道の先の義隆も同じだったようで、驚いた顔で振り返った。そして義隆は、信号が変わって梢がこちら側へ渡るまで、静かに待ってくれていた。 「・・・シゲさんは?いいのかよ」 梢が追い付くと、開口一番にそう言った。口ではそう言いながらも、梢が追いかけて来たことを嬉しいと思ってしまう自分に、義隆は驚いていた。 「い、今、お店で、ま・・・待ってもらってる・・・から」 急いで走った梢は息が切れてしまい、上手く話すことが出来ない。そんな梢を見かねた義隆は、とりあえず座って話そうと、近くの公園に向かって歩き出す。夜風が二人の間に吹き抜けて行き、梢の火照った体を冷やしていく。 「ほら、これ好きだろ?」 「・・・ありがとう」 義隆は自動販売機で、梢が昔から好きだったミルクティーを買ってきてくれた。そんな細かいことを覚えていてくれたことに、いちいち感動してしまう。 「・・・俺への当てつけのつもり?」 「え?」 「シゲさんと付き合うって。俺が中途半端な態度とってるからだろ?」 「ちがうの、それは。あっちが勝手に・・・」 「・・・梢は昔と違ってモテるもんな」 「・・・何それ。どういう意味?」 「そのままの意味だよ。昔だったら、梢は俺だけのものだったのに、今は違うんだなってこと」 そう呟くと義隆は、寂しそうな顔をした。その顔は二人でライブに行った時に見た、あの顔と同じだった。 義隆は自分から梢のことを振ったくせに、どうして時折辛そうな顔をするのだろうか。梢はその顔を見る度に、辛かったのは自分の方なのにと、何とも言えない気持ちになるのだった。 「それは、義隆でしょ?義隆は今も昔も、私のものにはならないもん・・・」 梢は自分で言った言葉に、自分で傷付いてしまい、瞳に涙をためる。 結局、どんなに綺麗になっても。 魅力的に迫っても。 最終的に義隆が自分を選んでくれないのなら、何の意味もない。 この数年の努力も無駄になってしまう。梢は自分がそもそも何がしたかったのかよく分からなくなってしまい、静かに涙を流した。 「・・・泣くなよ」 「ごめん」 「謝るのは俺の方。俺が悪いんだよな。梢に中途半端に期待させることしておいて。アリスとは別れないでさ。シゲさんと付き合うこと、俺にとやかく言う資格ないよな」 「だからシゲさんとは、何も無いから。あっちが勝手に言ってるだけで・・・」 「でも良いのかも知れない。シゲさんだったら良い奴だから、安心して梢を任せられる」 義隆はまたいつもみたいに、梢の頭の上にポンと手を置く。そして言葉とは真逆の、愛おしそうな顔で梢を見つめる。それは先程茂晴に向けられた視線とは明らかに違う、愛しい者を見る瞳だった。 「本当に?本当に・・・それでいいって思ってる?」 義隆の態度に違和感を感じた梢は、最後の望みをかけて揺さぶってみる。上目遣いで、真っ直ぐに義隆を見つめる。 「・・・ごめん。思ってないかも」 その視線に耐えきれなくなってしまった義隆は、思わず本音を漏らしてしまう。そして梢を強く抱き締めた。何度も自分の中で梢に手を出してはいけないと言い聞かせていたはずなのに、いざ本人を目の前にすると、止められない衝動に駆られてしまう。 義隆は梢に会い続けていたら、いつかこうなってしまうことがなんとなく分かっていた。だから梢に会わないようにして、何とか友達に戻ろうとしていたのだ。
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