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「本当は・・・梢を誰にも渡したくない。俺のものだけにしたい」
「・・・うん」
「自分勝手だけど・・・シゲさんと梢が一緒にいて、シゲさんが梢に触ってて、めちゃくちゃ嫌だった」
「そっか・・・」
「梢、ごめん・・・好きだ」
義隆はそう言うと、苦しそうに大粒の涙を流した。梢はこんな風に泣く義隆を見たのは初めてだった。まるで大型犬を慰めるように、義隆の背中を華奢な手で精一杯さすった。
梢の中で義隆は、いつも余裕があって自分の一歩先を行く存在だった。そんな義隆が、今は肩を震わせて泣いている。まるで梢のことを好きになってしまったことを、後悔するように泣いている。離れていた五年間で、義隆に何かあったということだろうか。
「・・・ごめん、俺。みっともないよね、男のくせに泣いてさ」
「ううん、いいよ。私には甘えてよ」
「・・・でも、そういう訳には行かないんだ」
「・・・え?」
義隆は梢から身体を離すと、下を向いてさらに辛そうな顔をする。そして少し震えた声で呟く。
「俺は梢に相応しくないんだ。梢は頭も良いし、沢山可能性がある。今はこんなに綺麗になったし、尚更だ。俺、怖いんだよ。この先、一緒にいたらさ、梢の可能性を俺のせいで潰してしまいそうで」
梢はデジャブかと思った。確か別れる直前も義隆は、梢の可能性について話をしていた。まさか五年経った今も、同じような話をされるとは思ってもみなかった。
「つまり、義隆はどうしたいの?」
「ごめん、分からない」
「いいよ、遠慮しないで。本音を言って?」
すると義隆は遠慮がちに、ポツリポツリと本音を話し始めた。
「本当は、梢と付き合いたい。ずっと一緒にいたい。アリスとは申し訳ないけど、別れたい」
「うん」
「でも・・・梢と付き合っていく自信がない。あと別れたいって言って、アリスを傷付けてしまうのが怖い。だから、このまま梢とは友達に戻って、アリスと付き合ってた方が良いのかも知れないって・・・思ってる」
本音を聞いた梢は、静かに義隆の手を握った。そこには優しい温もりがあった。それはまるでアリスと梢の間で迷っている義隆を、そっと包み込むようだった。
「・・・俺、本当はさ、めちゃくちゃ臆病なんだよ。五年前、梢と別れた時も・・・」
「え?五年前?」
「・・・いや、ごめん、何でもない」
義隆はしまったという顔をして、口を噤んだ。
五年前、別れた時に一体何があったというのだろうか。梢は気になって気になって仕方が無かったが、義隆は何を聞いてもそれ以上は話してくれなかった。
だから梢は話題を変えて、義隆を確実に自分の物にするために動き出す。せっかく“好き“という言葉を引き出したのだから、ここで諦めるわけにはいかなかった。
「・・・ねぇ、義隆のしたいようにしない?アリスさんには私からも謝るから・・・今度こそ、二人で一緒に頑張りたい」
「梢・・・でも俺は、梢と付き合う資格なんてないんだよ」
「その・・・資格って何?そんなの誰が決めるの?私は義隆といたい。それだけじゃ、だめ?」
梢はそう言うと、義隆の手をさらに強く握る。
その瞬間義隆は、この手をとって梢をどこか遠くへ連れ去ってしまいたいと思った。一度は夢を見た、二人で穏やかに過ごす愛しい日々。もう梢とはそんな風になれるとは思っていなかったが、また夢見ることが許されるのだろうか。
「・・・今度こそ、ずっと一緒にいよ?」
五年前にあんな振り方をしたのに、それでもまた一緒にいたいと言ってくれる梢。姿は美しくなったが、中身は義隆が好きになったあの頃の、純粋で優しいままだと感じて、更に愛しさが込み上げてくる。
そして優しく笑う梢を目の当たりにして、義隆はついに決心した。
「・・・分かった。俺、アリスと別れるよ」
義隆の少し掠れた声が夜空に溶けていく。
その決意の言葉に、梢は湧き上がってくる黒い気持ちを出さないように、また嬉しそうに笑ってみせた。
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