会いたくない女

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会いたくない女

梢には引っかかっている事があった。 それは公園で義隆が呟いた五年前のことだ。あの時、義隆は確かに何かを言いかけた。それなのに、何も教えてくれなかった。 五年前に、私の知らない何かがあった・・・? あの時の梢は、不幸のどん底にいた。信頼していた彼氏に嘘をつかれて裏切られて、どうして良いか分からなかった。 梢が自分のことで精一杯になっている間に、義隆に何かがあったということだろうか。 義隆が何も話してくれないとなると、それを知っているのは、他に彼女しかいない。 梢は真実が知りたくて、スマホを取る。 ちゃんと真実を知らなければ、これから先、復讐なんてできないと思ったのだ。 「もしもし聖奈?あのさ、お願いがあるんだけど・・・」 そしてある事を決心して、友人の聖奈にお願いの電話をかけた。彼女に接触するには、義隆と同じサークルだった聖奈に頼るしか思い付かなかった。しかし梢の願いは届かず、 「ごめん、梢。あの子と仲の良かった後輩に頼んでみたんだけどさ、今、仕事で海外にいるから会うのは難しいみたい」 数日後、聖奈からはそんな電話がかかってきた。出来れば直接会って話が聞きたかったが、それが無理なら手紙か、メッセージを代わりに伝えてもらうか・・・梢はどうすれば五年前の話を聞けるか考えた。 「メッセージとか伝えて貰えないか聞いてみるね」 と、聖奈の方も気を使ってくれた。 しかしメッセージを伝えてもらっても、返ってくるという保証はない。どうしたものかと、梢は頭を悩ませながらさらに数日を過ごした。 すると、思いがけない所からチャンスが舞い込んできた。 ある日梢が仕事で新商品の会議に出席してると、イメージモデルの所に梢が今一番、会って話をしたいと思っていた人の写真が載っていたのだ。 「岡本さん、これって・・・」 「ああ、モデルの松坂美々?美人だよねー。今回、広報部がめちゃくちゃ頑張ってオファーしたんだよ」 「スチールの撮影っていつ?」 「何?芦屋さん、彼女のファンなの?」 同期で広報担当の岡本は、食い気味で話してくる梢を見て苦笑いをしてきた。それを見て我に返った梢は、気持ちを落ち着かせて冷静になる。 「実は大学の後輩で。久々に会いたいし、撮影の様子も見てみたいなぁって」 「ああ、確かに、松坂美々もK大学か。でも珍しいね、芦屋さんがそんなこと言うの。いつもは撮影なんて興味なさそうなのに」 「今回は後輩だから特別」 「ふーん。しょうがないな、同期のよしみで行けるようにしといてあげるよ。開発者が使用感の感想を聞きたがってるとか、適当なこと言ってさ」 「ありがとう、さすが同期!」 梢は岡本に握手を求めて、最高の笑顔を見せた。 運命のイタズラなのか、よりによって梢が初めてリーダーとして開発した新商品のルージュのモデルを、美々がやることになるとは思ってもみなかったので、驚いた。美々は今やパリコレにも出演する有名なモデルになっていて、来年にはハリウッド映画にも出演するという噂だ。梢はいつもメディアから流れてくる美々の姿を見る度に、胸を痛めていたのだった。 梢はこうして、本来なら一番会いたくないはずの女、松坂美々に会いに行くことになったのだった。
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