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撮影当日。梢は今まで何度かスチール撮影に立ち会ったことがあったが、今までで一番緊張していた。もう二度と会いたくない、会うことはないだろうと思っていた美々。彼女がテレビの画面に現れるとすぐにチャンネルを変えて、雑誌も彼女の表紙のものは見ないようにしていた。そんな風に避けてきた相手に、梢は勇気を出して向かい合おうとしていた。
「休憩の時に話せるようにしてあげるからさ。とりあえず、ルージュの色味とかチェックしてくれる?」
「分かった」
撮影現場に着くと、スタッフ達が慌ただしく準備をしていた。梢もただ突っ立っている訳にはいかず、岡本に指示された通りに、細々とした雑用をこなしながら美々の到着を待った。
「松坂美々さん、入られまーす」
しばらくすると、そんなスタッフの言葉と共に美々が現場に入ってきた。
圧倒的なオーラを放って入ってきた美々は、もうすっかりスーパーモデルだった。大学の頃も確かに美人だったが、その時とは全然雰囲気が違う。梢はこんな子と戦ったのだから負けて当然だと、今更ながらに納得してしまった。
美々はシャープな表情から、柔らかい笑顔までカメラマンの指示通りに次々とこなしていく。その姿はプロそのもので、梢は自分の作ったルージュのモデルが美々で良かったと思った。艶やかな恋する女性をイメージして作った今回の商品は、どの色も美々にピッタリだった。
「芦屋さん、松坂さんが休憩に入ったから。こっちで話せるよ」
しばらくするとセットチェンジのタイミングで、美々が休憩に入った。岡本に呼ばれて梢は急いで、美々がいる部屋へ向かう。あんな仕事ぶりを見た後なので、プライベートな話を持ち込むことは気が引けたが、ここまで来てしまったのでと覚悟を決める。
「失礼します。松坂さん、お疲れ様です」
控え室をノックした後に、恐る恐る中に入る。美々は梢だと気付いてないようで、お疲れ様ですと携帯を見ながら小声で答えた。
「あの、私、今回、このルージュの開発を担当した芦屋です」
梢はそう言うと、美々の前に自分の名刺を差し出した。美々はその名刺を見つめて、しばらく無言で固まった。
「え?芦屋って・・・こずえ・・・先輩?」
名刺を受け取りながら、美々は目を見開いて梢の顔を見つめる。
「久しぶり。松坂さん」
梢は驚いて言葉が出ない美々に、余裕たっぷりの笑顔を笑顔を見せた。しかし内心はとてもドキドキしていた。ここからどうやって五年前の話をしようかと、ぐるぐると考える。
「待って、待って。梢先輩は、確かにS社に就職したけど・・・だって梢先輩はもっとぽっちゃりしてて、メガネで・・・」
「ああ、少しダイエットしたの。あと仕事柄、メイクを研究してるから・・・」
「にしてもヤバくないですか?こんなに変わります?どこの美容整形ですか?」
「整形はしてないってば」
「うーん、確かにパーツはいじってないみたいですね。にしてもヤバい・・・」
美々は梢と再会したことよりも、外見が美しく変わったことに興味があったようで、その他もダイエット方法など、色々質問をしてくる。何でも言いたいことをズバズバ言ってくる性格は、相変わらずなようだった。
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