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「ってか、義隆先輩のこと聞きたいんですよね?会いたくないから断ってたのに」
一通り美容について雑談した後、美々は呆れたように言った。いつまでたっても本題を切り出せない梢に、痺れを切らせたようだった。
「断ってたって・・・海外で仕事してるって・・・」
「あんなの嘘ですよ。梢先輩になんて会いたくないから、聖奈先輩に嘘を伝えてもらったんです。なのに仕事経由で来るなんて、ズルくないですか」
「それは・・・ごめんね。卑怯だったよね」
「卑怯っていうか、正直キモイです。五年も経ったのに、まだ義隆先輩追いかけてるんですか?」
相変わらず辛口な美々に、梢は圧倒されてしまう。しかしここで負ける訳にはいかなかった。ここで美々にちゃんと話を聞かなければ、梢はきちんと前に進めないような気がしたのだ。そんな梢の鋭い瞳に観念したのか、美々は小さな声でポツリと呟く。
「梢先輩、義隆先輩は浮気なんてしてないですよ」
その発言に、梢は酷く動揺した。
「ちょっと待って、意味が分からないんだけど。だってあの時、義隆と松坂さんは・・・」
「あれは全部演技です。私は義隆先輩と付き合うどころか、手すら握ったことありません」
美々の突然の告白に、梢は頭が真っ白になる。何か秘密があるのかとは思っていたが、まさかここでこんなことを言われるとは思ってもみなかった。五年間ずっと、義隆に浮気されたと思っていた。裏切られて傷つけられて、そのことをずっと引きずってきた。それが全部演技だったなんて。
しかし一体何のために、二人はそんな演技をしたのだろうか。梢が訳が分からず、瞳からは涙が溢れてきた。
「どうして?どうしてそんなこと・・・」
「それは全部梢先輩のためです」
「私のためって、どういうこと?」
「あの時梢先輩、進路で悩んでましたよね?東京の大手の今の会社よりも、義隆先輩の近くにいられる小さい会社に入ろうとしてましたよね?」
「うん、そうだね。あの時は義隆が私の全てだったから、少しでもそばにいたいと思ってて・・・」
「だからですよ。義隆先輩、言ってました。梢先輩は不器用だけど、自分よりもずっと才能も可能性もあるって。自分のせいで間違った選択、して欲しくないって」
「そんな・・・だからってあんな・・・」
「義隆先輩は、梢先輩は自分と離れた方が才能を発揮できるって思ったみたいです。でも普通に別れようと言っただけでは、梢先輩は絶対別れてくれないし、別れたとしても引きずっちゃうから。だから徹底的に嫌われて別れないといけないって」
「それで、浮気したフリをしたの?」
「そうです。まぁ、正確に言うと拓郎先輩に相談してるのを私が偶然聞いちゃって、それであの作戦を持ちかけたんです。まぁ、上手くいけば私が義隆先輩と付き合えるかもって、淡い期待もあって。なかなか演技、上手かったでしょう?」
梢は美々の告白に気持ちがついて行かず、涙を拭いながら静かに聞いていた。今まで梢を動かしてきたもの、憎んできたもの、全てが偽物だったなんて。その事実をなかなか受け入れることが出来ない。
今考えてみれば、義隆が梢のことを何よりも大事にしてくれていたことを、一番良く知っていたのは自分だったはずだ。
どうして二人の嘘を見破ることが出来なかったんだろうか。あの時、もっと義隆のことをよく見ていれば、結果は全然違っていたはずだった。
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