会いたくない女

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「なんか、自分が情けないな。そんな嘘も見抜けなくて、今まで信じてきたなんて」 「情けないのは、私ですよ。彼女役という絶好のポジションを手に入れたのに、結局、義隆先輩を落とすことはできませんでした。義隆先輩はいつまでも梢先輩を気にしてましたよ」 その言葉にさらに涙が溢れてくる。あの頃の梢は、義隆が大切にしてくれることに慣れすぎてしまって、本質が何も見えてなかった。義隆は梢が思っていたよりも、ずっとずっと梢のことを考えていた。自分との幸せよりも、梢がより輝ける人生を歩めるようにとあえて身を引いてくれたのだ。 それなのに梢は復讐したいと、この五年間恨み続けていた。綺麗になって見返してやりたい、それだけを糧に生きてきた。自分は義隆の一体何を見ていたのだろうと、情けない気持ちでいっぱいになる。 「で、それを今更知って、どうするんですか?」 「・・・この前、紗子と拓郎の結婚式で義隆に再会して」 「ああ、それで想いが再燃した的な?」 「まぁ、そんなとこかな」 「ふーん。そんなに綺麗になったんだから、義隆先輩以外にも良い人いそうですけどね」 梢は苦笑いをする。義隆以外の誰かを好きになれたらと、何度思ったことだろうか。しかし他の男とデートをしても、義隆以上にときめく相手には出会えず、いつも切ない思いをするのだ。それはきっとどこかで、義隆のことを引きずっていたからだろう。 「義隆、自分は私ともう一度付き合う資格はないって言ってて・・・。五年前のことも何か隠してるみたいだったんだよね。それって、そういうことだったんだ・・・」 「・・・よく分からないですけど、それって義隆先輩は、今も昔も、梢先輩のこと一番に考えてるってことじゃないですか?」 美々はそう言うと、少し顔を赤くした。これはきっと、美々なりに梢を励ましてくれているのだろう。 「ありがとう、松坂さん。今日、会えてよかった」 「私は会いたくなかったですけどね」 「そっか、ごめんね?でも私は、松坂さんが今日、このルージュのモデルしてくれてよかったって思ってる。とてもピッタリで似合ってるから」 「・・・義隆先輩の決断はもしかしたら、間違ってなかったのかも知れないですね」 「え?」 「だって今、こんなに素敵な商品作ってるじゃないですか。義隆先輩は、梢先輩なら輝けるって信じていたんじゃないですかね?」 「ありがとう。松坂さんって実はいい子だよね」 梢がそう言うと、美々は恥ずかしそうに下を向いて、「何言ってるんですか」と呟いた。 そしてその後も美々はプロらしく、立派に撮影をこなし、何事もなかったかのように颯爽と帰っていった。写真はどれも色っぽさと美しさを兼ね備えていて、最高の出来だった。 梢はその姿を見ながら、五年前のライバルが美々でよかったなと思えた。そして刺さったままだった五年前の大きな(とげ)が、優しく抜けていくのを感じた。 義隆に裏切られて辛かった。悲しかった。 でも同時に、義隆がそんなことをするなんて信じられないと思う自分もいた。 梢がいつまでもいつまでも義隆に執着していたのは、どこかで義隆が浮気をしていないと信じていたからなのかも知れない。 すぐに義隆に会いたいと思った梢は、仕事が終わったらすぐに義隆のスマホを鳴らした。しかし何度鳴らしても繋がらなくて、仕方なく諦めて帰路に着いた。 仕事が立て込んでいるのかも知れないと思い、とりあえず話がしたいとメッセージを送っておく。 しかし翌朝になっても電話も、メッセージの返信もなくて、梢は変な胸騒ぎを抱えたまま、仕事へ向かった。 そして、その梢の嫌な予感は当たってしまうことになる。
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