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「ちょっと濡れちゃっただけ・・・何でもない」
「何でもなくないだろ」
真剣な瞳で見つめてくる義隆に、アリスは思わず涙をこぼしてしまう。
「誰に何されたの?教えて?」
「本当に大丈夫だから。私なんかに構ってると、叶さんまで嫌われ者になるよ?だから放っておいて」
本当は、心配してくれて嬉しかった。なのにまた可愛くない言葉を言ってしまう。アリスはそんな自分が嫌で、涙が止まらなくなる。
「何でそういうこと言うの?放っておけるわけないでしょ?」
「でも・・・」
「いいから!ここは一人で頑張る所じゃないよ?」
義隆はそう言うと、アリスに持っていたハンカチを貸してくれた。そしてこんなに面倒な目に遭っている自分を放っておけないと言ってくれる優しさに、胸が締め付けられた。
それから義隆は、表沙汰にならないようにこっそり水をかけた女子社員に話をして、アリスに謝るように促してくれた。二人は不服そうだったが、一応は謝ってくれた。
「これからは、こーゆことがあったらすぐに俺に言って?一人で抱えちゃだめだよ」
「・・・何でそんなに私に構うの?もう関わらない方が良いと思うけど。叶さんの評価まで下がっちゃうよ?」
アリスのその言葉に、義隆は思わず笑ってしまう。それはいつかどこかで聞いた事のある言葉だったからだ。
「・・・何が可笑しいの?笑う所じゃないけど」
「ごめん。昔、同じような事を言われた時があって」
義隆は梢と付き合い始めた頃のことを思い出していた。あの頃の梢も今のアリスと同じで、自分と関わると義隆の評価が下がると気にしていた。
「その、私と同じようなことを言った人は、叶さんの大切な人?」
「そう。まぁ、正確には、大切だった人・・・かな?」
「別れちゃったとか?」
「まぁ、そんなとこ」
そう言って苦笑いをする義隆を見て、アリスはまだ義隆が別れた彼女のことが好きなのだと分かった。
そしてその彼女のことを心底羨ましいと思った。こんなに優しくて正義感が強くて、カッコ良い義隆に思われている女。どんなに良い女なのだろう。そして何故、別れてしまったのだろう。義隆はまだ未練があるということは、振られたということだろうか。
「その人のこと、まだ好きなの?」
「・・・忘れられれば苦労しないんだけどね」
また切なそうに苦笑いをする義隆を見て、アリスは不覚にも愛おしいと思ってしまった。
彼を自分が笑顔にしたい。
傍にいたい。
今までアリスに近づいてきた男はみんな、だいたい外見が好きなだけな人ばかりだった。アリスの中身を深く知れば知るほど、「思っていたのと違ってた」「もっと可愛げがあると思っていた」などと言ってはすぐに離れてしまった。
しかし義隆はアリスの外見なんて関係なく、ただ純粋に困っていたから助けてくれた。きっと義隆は他の誰かがアリスみたいにびしょ濡れで歩いていても、声を掛けて助けていただろう。
そんな純粋な優しさに、温かい心に激しく惹かれてしまった。
叶わない恋かもしれない。でもすでに落ちてしまった。
触れたいけど触れられない。
近くにある義隆の横顔が、切なくて切なくて仕方がなかった。
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