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悪い女
「ねぇ、本当に行くの?辞めといた方がいいんじゃない?」
「行くよ。もう行くって言っちゃったし」
せっせと旅行バックに荷物を詰める妹を見ながら、楓は心配そうな顔をする。楓がこんなに心配するのは、梢が旅行に行く相手があまり良くないメンバーだからだった。
事の発端は、一週間前に来た義隆からの電話だった。
美々と会った後に話がしたくて何度か連絡をしたが、義隆からは暫く応答が無かった。後から聞いた話だが、義隆はその期間、色々考えていたという。そして考えがまとまったらしく、やっと電話のベルを鳴らしてくれた。
「ずっと連絡出来なくてごめん・・・色々あって」
「アリスさんと、何かあったの?」
「うん、実は・・・」
電話に出るなり、少し沈んだ義隆の声が飛び込んできた。そんな声を聴いてしまったものだから、梢は五年前の話をするタイミングを失ってしまった。
その代わりに義隆から、アリスに言われた驚くような言葉を告げられる。
「旅行?!」
「そう。最後に俺とアリスと梢とシゲさんの四人で、したいんだって。そしたら、俺とは別れるって」
「待って、それ、どういうスタンスで行けばいいの・・・」
「だよなぁ・・・」
初めて話を聞いた時、アリスの考えていることがさっぱり分からなかった。そんな微妙なメンバーで旅行に出掛けて、一体何をしようというのだろうか。また義隆を取らないでと、強い言葉を投げつけられるのだろうか。梢にとってその旅の提案は、正直恐怖でしかなかった。義隆から連絡が来ない間に感じていた嫌な予感が、当たってしまったようだった。
「やっぱり、嫌だよね?ごめん、そんな事しなくても別れてもらえるように、説得するよ」
「シゲさんはなんて言ってるの?」
「ああ・・・シゲさんは行っても良いって・・・」
「そっか・・・」
梢は迷っていた。本当かどうか分からないが、アリスはこの旅行が終わったら義隆と別れるという。何があっても、とりあえずアリスと別れさせたいという気持ちは変わらない。考え方を変えれば、これは梢にとって絶好のチャンスなのかも知れない。
「・・・分かった、私も行く」
気は進まなかったが、二人を別れさせられるならと行くことに決めた。
この話を聞いて、姉の楓は不安そうな顔をした。そんな旅行に出掛けるなんて、妹はどうかしていると思っていた。
「えっと・・・義隆は梢が好きだけどアリスの彼氏で、茂晴も梢が好きかも知れなくて、アリスは義隆の彼女で、梢も義隆が好きで・・・ややこしいな!そんな四人で行ってもいい事ないよ?辞めなよ」
「いい事はないかもしれないね」
「結局さ、梢はどうしたいの?五年前に義隆は浮気、してなかったんでしょ?まだ復讐したいの?」
「・・・分からない。もう、自分の気持ちが分からないの」
「梢・・・」
「だから、旅行に行くことにしたの。行ったら自分がどうしたいのか、分かる気がして。だって該当者全員揃うチャンスなんてそうそう無いじゃない?」
そうやって笑ってみせる妹は、何だか女として少し成長しているような気がした。
こうして梢は不安を抱きながらも、一泊二日の旅に出かけて行ったのだった。
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