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待ち合わせの場所に行くと、もう既に車に乗った茂晴が来ていた。今回の旅行は茂晴が車を出してくれて、箱根に出掛けることになったのだ。
「おはよ。梢ちゃん、早いね」
「おはようございます。シゲさんこそ、早いですね。今日は車、ありがとうございます」
「可愛い子と旅行だからね。車ぐらい出すよ」
茂晴は大きな白いミニバンタイプの車のトランクを開けて、梢の荷物を積んでくれた。トランクの中を除くと、釣竿が数本とクーラーボックスが積んであった。
「シゲさん、釣りもするんですか?」
「ああ、うん、休みの日は大抵海が多いからね。義隆もたまに一緒に釣りしたりするよ」
「へぇ、そうなんですね」
「梢ちゃんも今度おいでよ。なんなら今から二人で行っちゃう?」
茂晴は相変わらずの調子で、冗談を言ってくる。この前義隆がアリスと別れると言ってくれたので、茂晴にはちゃんとそういうつもりは無いと伝えていた。それなのに茂晴はケロッとしていて、「義隆が飽きたら、俺の所においでよ」なんて言ってきた。梢の見立てが正しければ、茂晴は本当に梢のことを好きなわけではないはずだ。それなのに未だにこんな態度を取ってくるのは、やはり義隆と梢が付き合うことを良く思っていないということなのだろう。
「盛り上がってる所悪いけど、今日は四人だからね?」
茂晴と梢が車の前で話していると、相変わらず機嫌が悪そうなアリスが現れた。後ろには二人分の荷物を持った義隆もいる。
「分かってるよ。今日はアリス姫の仰せのままに」
茂晴はそう言って義隆から荷物を受け取ると、トランクに積んだ。
アリスはとても今から旅行に行くとは思えないほど、怖い顔をしている。そんな顔するくらいなら、誘わなければ良いのにと思ってしまうくらいだった。
「ごめんな、梢。付き合わせちゃって」
「ううん、私は大丈夫」
アリスの目を盗んで話し掛けてくる義隆に、梢はニコッと微笑んで見せたが上手く笑えなかった。こうして微妙な雰囲気なまま、車は箱根に向けて出発した。
箱根に向かう車中では、茂晴が気を利かせて色々な音楽をかけてくれた。しかしどれも流行ってる音楽ばかりで、梢は密かに物足りなさを感じていた。それはきっと義隆も同じで、二人きりなら趣味であるコアな音楽を聴きながら盛り上がれたのにと思ってしまった。
アリスは相変わらず、不機嫌そうに窓の外を眺めているだけで何も話さなかった。
これ以上雰囲気が悪くならないようにと、茂晴は助手席に乗っている梢や、義隆にポツリポツリと会話を振って場を和ませようとしてくれた。やっぱり茂晴は気が使える大人の人だと、梢は関心していた。
「シゲさんはどうして今日来たんですか?」
サービスエリアでの休憩中、喫煙所で一人煙草を吸う茂晴に思い切って聞いてみた。この旅行が決まってからずっと不思議に思っていたのだ。
「どうしてって?」
「だって、何のうま味もないじゃないですか」
義隆はアリスと別れられる、梢はアリスと義隆が別れてくれるという、目的があるから今回参加した。しかし茂晴に得になることが思い浮かばない。こんな気まずいメンバーで、気を遣いながら旅行することに、茂晴には何の意味もないように思えた。
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