悪い女

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「大丈夫だよ。アリスの言う通り、ちゃんと動くから」 「うん、信頼はしてるよ?でも・・・」 「昔からいつだって、俺はアリスだけの味方でしょ?だから心配しないで大丈夫だよ」 バックミラー越しに映るアリスに向かって問いかける茂晴は、とても優しい顔をしていた。 「うん・・・わかった。ありがと・・・」 運転席に座る茂晴の後ろ姿に向かって、アリスは小さい声で呟いた。その表情はまるで、今にも泣き出しそうな少女のようだった。そんなアリスを抱き締めたいという衝動を抑えながら、茂晴は平然を装って戻ってきた義隆と梢を迎える。 「え、なんでお前が助手席なんだよ。可愛い女の子が隣がいい」 戻ってきた義隆は、アリスの隣の後ろの席ではなく、無言で助手席に乗り込む。本当は茂晴のことを殴ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、ここはアリスがいる手前、ぐっと堪えた。義隆が助手席に座ってしまったので、梢は気まずいながらもアリスの隣に座った。アリスは相変わらず何も言わずに窓の外を眺めていて、梢と目を合わそうとはしなかった。 「お前なんて、俺の隣で充分だ。早く車出せ」 義隆が怒ったように急かしたので、茂晴は何か勘づいたらしく、それ以上は何も言わないで黙って車を出した。 義隆の機嫌も悪くなってしまったので、車内の雰囲気は最悪だった。それからとくに会話をすることもなく、懐かしいJ-POPがどこか虚しく流れ続けた。押し潰されそうな程の重い空気の中、車はやっと旅館へ到着した。 旅行に着くと人の良さそうな女将が笑顔で四人を迎えてくれて、手早く部屋に案内してくれた。 「お部屋はこちらとこちらの二部屋です」 この旅行の手配は全部茂晴がしてくれたと聞いている。だからどんなつもりで部屋を二部屋取ったのか分からず、梢は戸惑う。本当は義隆と同じ部屋になりたいけど、そんなのアリスが許すはずが無かった。 するとアリスはどうしようか迷っている梢を横目に、黙ってさっさとひとつの部屋に入ってしまった。それを見た茂晴は、アリスとは別のもう一つの部屋に入っていく。梢がどうしようか悩んで義隆の顔を見ると、 「俺はシゲさんの部屋に行くわ。どうしても梢と二人きりにしたくない」 と、低い声で呟いた。先程の事があるので、義隆は茂晴と二人になったら殴ってしまいそうで、梢は心配になる。 「そんな顔すんなよ。大丈夫だから」 義隆はそう言うといつものように梢の頭をポンポンと撫でて、茂晴のいる部屋へ入って行く。 「えー、何でお前が来るんだよ。梢ちゃんが良かった!」 「うるさいな、お前なんて俺で充分だ」 男子部屋からはそんな賑やかな声が聞こえてくる。梢はそんな声を聞き届けた後、自分もゆっくりとアリスのいる部屋に入っていく。まともに会話をしたことないアリスと同室になることは、不安以外の何ものでもなかった。 「あの・・・よろしくお願いします」 「ふーん、あなたが来たのね。義隆が良かったんだけど」 アリスは梢を見るなり、先程の茂晴と同じ様なことを言う。しかし義隆のように返す事なんてできるはずもなく、そのまま黙り込んでしまう。
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