悪い女

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「・・・何なの、自分は被害者みたいな顔して。被害者はこっちなんだけど。マジでムカつく」 戸惑って黙っている梢に対して、アリスはまた強い言葉を吐く。そんなにムカついて嫌いな自分をどうして旅行に誘ったのか、梢は不思議で仕方が無かった。 梢が何も言えなくてまた黙っていると、 「梢ちゃん、アリス、彫刻の森美術館行こー!」 と、茂晴が箱根のガイドブックを持って部屋に入ってきた。とりあえずチェックインはしたものの、まだまだ夕食には時間があった。一、二箇所ぐらいなら観光できそうな時間だ。アリスと二人きりなんてとても耐えられない梢は、 「彫刻の森美術館、いいですね!」 と、すぐに提案に飛びついた。茂晴の後ろからは、まだ少し不機嫌そうな義隆が顔を出す。その顔を見るだけで、ひどく安心した。 それから四人は再び車に乗り込み、彫刻の森美術館へ向かった。社内では相変わらず少し前のJ-POPだけが鳴り響いていて、会話はほとんど無かった。梢は正直、こんなに楽しくない旅行は初めてだった。きっとここにいる全員が、同じようなことを思っているだろう。 なぜアリスは、こんな旅行がしたいと言ったのだろうか。別れる最後の思い出作りなのだとしたら、義隆と二人で出掛けたいと思うのが普通だ。相変わらずちっともこちらを見ようとしないアリスの横顔を盗み見ながら、梢は考え込んでしまう。 彫刻の森美術館に着くと、四人でゆっくり外に設置してあるオブジェを回った。梢達以外の観光客はみんな楽しそうにしていて、あれこれ言いながら写真なんかを撮っている。そんな様子を見て茂晴は、 「写真!俺達も写真とろ、せっかくだし」 と、明るく言ってみせた。 「そ、そうですね、撮りましょう」 梢もこの微妙な雰囲気に耐えきれなくなり、作り笑いで賛成をする。アリスは相変わらず黙ったままで、義隆は仕方ないなぁなんてボヤいている。茂晴は近くにいた人にスマホを渡すと、大きなオブジェの前に全員を並べた。そしてちっとも楽しそうではない、旅の記録が刻まれたのだった。 「あとでみんなに写真送るね」 スマホの写真を見ながら笑う茂晴だけが、妙に一人だけ浮いていた。せっかくの旅行なのだからと、茂晴は雰囲気が暗くならないようにわざとはしゃいでみせているのだろう。 それから施設内を一通り周り、時々写真を撮ったりして、一応旅行っぽい感じで一日目は終了した。 旅館へ戻ると温泉に入ってから夕食にしようということになり、一旦それぞれの部屋に戻る。 「アリスさん、私今からお風呂行こうと思うんですけど・・・」 「・・・私も行く」 黙って一人で温泉に行くのはどうかと思ったので、一応声を掛けたら意外な答えが帰ってきた。元カノと今カノで温泉に入るなんてそんな気まずいシチュエーション、漫画やドラマにだってなかなかない。しかも二人はもしかしたら、元カノと今カノの立場が逆転するかも知れないのだ。どんな顔をして良いのか分からないまま、アリスと並んで温泉へ向かった。
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