呪縛と執着

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呪縛と執着

茂晴にはどうしても忘れられない光景がある。 何年も前のことなのに、今でも時々、あの光景を夢に見る。それくらい、子どもの頃の茂晴にはインパクトのある映像だった。 それはある寒い夜。空からはチラチラと雪が降り始めていて、木々はおしろいを載せたように薄らと白く色付いていた。 茂晴は当時習っていた空手の稽古から帰る途中に、足の長いスーツの良く似合う外国人を見かけた。 「あれ、おじさん?こんな時間にどこ行くの?」 やけに大きなスーツケースを雪道に引きずっている外国人は、ニコッと笑うと、茂晴の頭をくしゃくしゃっと撫でた。 「やぁ、シゲハル。最後に会えてヨカッタヨ」 カタコトな日本語を話すその外国人は、隣に住むアリスのアメリカ人の父親だった。スラリと長い手足に、吸い込まれそうな青い瞳と綺麗な金色の髪。茂晴は子どもながらに、日本人にはない、その恵まれた容姿をカッコイイと思っていた。 「最後・・・?」 「ソウ、最後。僕は遠くに行くことにしたんだ。もうココには帰ってこない」 「どうして?!アリスは?!アリスも居なくなっちゃうの?」 「いや、アリスはココに置いて行く。ママといた方がイイから」 アリスの父親は茂晴の目線までしゃがむと、肩に手を置いて真っ直ぐに見つめてきた。純白の雪のように白い肌と、金色の髪と青い瞳が、漆黒の夜にやけに映えた。 「おじさん、一人で行くの?寂しくない?」 「シゲハルは優しい子だね。そんなシゲハルにお願いがあるんだ」 「お願い・・・?」 「これからは僕の代わりに君がアリスをマモッテ欲しい」 「守る?」 「ソウ、マモル。アリスがツラい時、サミシイ時、そばにいて、励ましてあげて。これは君にしかデキナイからね」 「・・・分かった、俺、アリスのことちゃんと守るよ!」 その言葉の意味が一体何を表しているのか、茂晴がきちんと理解するのはもう少し先のことだだった。 アリスの父親は最後に悲しそうに微笑むと、 「タノンダヨ」 と、呟いて、白い雪の向こうに消えていった。 それが最後に見た、アリスの父親の姿だった。 茂晴にとって忘れたくても忘れられない、十歳の時の美しくて悲しい想い出だった。 「・・・なるほど、それからシゲさんは、約束通りずっとアリスのことを守ってるんだね」 「もうほとんど、呪縛のようなものだけどね」 茂晴はそう言うと、苦笑いをした。 四人で修羅場のような状態になった後、話し合いの結果、梢と義隆、アリスと茂晴の部屋割で泊まることになった。一旦お互いの部屋に引き上げたが、しばらくしてから茂晴だけもう一度梢達の部屋を訪ねてきた。アリスが寝たのを見届けた後、もう少し二人と話がしたいとやって来たのだ。 茂晴はビールを片手に、アリスとの昔話をし始める。
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