それぞれの道に

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それぞれの道に

雅からいきなり深刻なテンションでメッセージが届いたのは、あの旅行から八ヶ月程だった頃だった。 『アリスから私と梢ちゃんに話があるって連絡が来たんだけど・・・お店に来られる日ある?』 そんなメッセージを読んで、梢は色々推測してみたが、何の話か全く想像出来なかった。 あれから梢と義隆は順調に交際を続けていて、週末や会社が早く終わった日は、義隆のアパートで二人で過ごす事が多くなった。 一度傷付いて、離れていた期間があったからこそ、今のこの時間の尊さが身に染みて分かる。離れても忘れられず、恨んでしまう程好きだった義隆と、今一緒にいられることは梢にとって奇跡のようなものだった。思いっ切り振って傷付けてやりたいと考えていた時期もあったが、今となってはそんな馬鹿なことをしなくて本当に良かったと思っている。それくらい、梢は今の状態に幸せを感じていた。 「やっぱり、義隆が忘れられないから、返して欲しい・・・とか言われるんじゃない?」 アリスから呼び出されたことを話すと、姉の楓はそんな風に言ってきた。 「え?今更?それはないんじゃない?」 「分からないよ?だって梢だって五年も引きずってたじゃない?」 「それはそうだけど・・・」 正直梢も、アリスに言われることといえば、義隆のことしか思い付かなかった。でも義隆があの後一度だけ茂晴と飲んだ時に、茂晴はアリスに自分の気持ちを打ち明けるつもりだと聞いていた。その後結果はどうなったかはまだ聞いてないが、アリスには茂晴がいるからもう大丈夫だと勝手に思っていた。 楓が余計なことを言うもんだから気になってしまい、アリスに会う前日は結局あまり眠れなかった。 アリスに会う予定の日、梢は少し早めに店に着いた。何を言われるのか気になってしまい、居ても立ってもいられなかったのだ。すると雅も梢と同じような気持ちだったらしく、すでに店の奥の席に座って一人でコーヒーを飲んでいた。 「あれ?雅さん、今日は仕事・・・」 「今日はもう上がった。気になって仕事どころじゃないから。今日はもうお客様」 いつもつけている黒いカフェエプロンを外し、雅は落ち着かない様子でアリスと梢の到着を待っていたようだった。 そして今日は上がったと言いながも、梢に何を飲むかオーダーを聞いて、店の奥に注文を通していた。 「私と梢ちゃんだけ呼び出すっていうのがさ・・・怖くない?女子だけで、話したいってことでしょ?」 「そうなんだよね。一体何を言われるんだろ・・・」 「やっぱり義隆返して!とかかなぁ?」 「ちょっと、辞めてよ。お姉ちゃんにも同じようなこと言われたんだから」 「ごめん、ごめん、冗談だって」 「そんな冗談笑えないよ」 梢と雅はソワソワしながらアリスの到着を待っていた。ここ数ヶ月穏やかな日々だっただけに、久々に会うアリスに妙に緊張している。 アリスと会うのはあの旅行の時以来で、最後はアリスが義隆と梢とは帰りたくないというので、二人でバスやタクシーを使って観光をした後に帰った。梢が最後にアリスを見たのは、茂晴の隣を歩いて旅館を出る後ろ姿だった。栗色の髪が太陽に透き通って見えて、異様に綺麗だったのを覚えている。
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