くる、くる、くる。

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 ***  この少し後に、俺は美術部を引退することになり、それから美術室に近づくこともほぼなくなった。  ただ先生は俺が美術部を引退する直前で何故か突然転勤になり、挨拶もしないまま学校を去ってしまうことになる――あの絵を、学校に置いたまま。  明らかに何かあった様子だったけど、他の先生はA先生に何があったのか教えてくれなかった。ただ、A先生が美術部を去るのと前後してあの絵には布がかけられ、暫くした後どこかに運びされられていったのを知っている。ちらりと聞いた話では、お祓いをすることになったのだとかなんとか。やはり、あの絵がまずいのではないか、という報告はちらほら校長先生とかの耳にも入るようになっていたってことなんだろう。  正直、顔が間近で見えるほど化物に近づかれてしまったA先生が、無事であったとはとても思えない。  そもそもただの転勤なら、油絵のセットもあんなに大事にしていた絵も学校に置いたまま、挨拶もなしに急にいなくなるなんてするわけがないだろう。――先生の絵は、完成していた。大口を開け、歯茎を剥き出しにして笑う真っ黒な怪物の絵だ。その絵も、“昼と夜の間”と一緒にどこかに持っていかれていたようだ。それも、お祓いするべき対象ということになったのかもしれない。  不気味だったし、正直怖かったけど。俺は絵を最後まで見なかったし(だいぶ化物に近づかれていたが、顔がドアップに見えるほどではなかった)、きっと大丈夫だろうと思うようにしていた。  先生のお祖父さんの話通りなら、あの絵は“あまり見なければ”問題ないものであるはずだと思ったのもある。  でもな。  残念ながら話は、ここで終わってないんだ。  ほんのつい、三日前のこと。 ――お祓いしたって聞いたぞ。おかしいだろ。  その、“昼と夜の間”の絵な。  今俺の手元にあるんだわ。絵にあんまり興味ないはずのカミさんが、ネットオークションで買っちまったっていうんだよ。  で、こう言ってるんだ。 「綺麗な絵よね。奥に星空、見事な夕焼けに手前の青空。……あのドアから何かが覗いてるっていうのが、すごく象徴的だわ」  高校卒業して、もう十年以上も過ぎた今になってどうしてこんなことになっちまったのか、俺にも全くわからない。  確かなことは一つ。カミさんが“ドアから何かが覗いている”って言ってるその絵。俺にはもう、夕焼けもドアも道もなんも見えないんだよ――絵一面が、にたにた笑う巨大な口で覆われてるせいで。  とりあえず、今日はここまで。  近いうち、ブログの更新が途絶えたら、いろいろと察してくれ。  そうならないことを切に祈るけど。
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