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「兄よりも友達の方が俺のことを知っていたと思うよ」 「西嶋もですか」 「……そうだね」 「彼とはいつからの知り合いなのですか」 「本当に小さい頃だよ。あいつが学生の頃はやたらモテてたな。今でもそう?」 「どうでしょうか。仕事中の彼しか知りませんから」 「プライベートは秘密ってか。昔っから変わらないなそういうところは」  例えば彼女ができたとしてもそんな素振りは少しも見せなくて、急に知らされた友人たちはいつも驚いていた。 「昔の西嶋は、どんな人でしたか」  カップを置いた一条にそういう話はしないのかと聞くと、曖昧な微笑を返された。 「俺たちが中学生の頃、ちょうどバスケ漫画が流行ってて、それでバスケ部に入ってた。単純だろ?そこそこできたし、あの顔だし女子には人気だった」 「バスケ部」  まるで初耳のようで、一条は話の一つ一つに驚いた。自分が現在の西嶋に驚いたように、一条にとってはとても想像もつかないのだろう。岡田からしてみれば、撫で付けられた黒髪も黒いスーツも、それからあの怜悧に見える眼鏡も未だに違和感が拭えないが。 「ただ部活は途中でやめちゃって」  所属していたバスケ部の先輩が付き合っていた彼女が西嶋に告白したせいで、もともと気に入らなかったのが余計に関係が悪化したようだったと聞いた。 「それからは部活には入ってなかったはずだ」 「そうなんですか」 「夜遊びばっかりで。だからまあ成績は悪かったな。ただ仲間が多くて」  自分とは大違いだった。と岡田は口には出さずに呟く。 「まあ中心にいるようなタイプじゃなかったけどな」 「西嶋の家族のことはご存知ですか」  岡田はコーヒーを飲むふりをして一条を観察する。あまり口数の多い方ではない。口下手、というよりは言葉を選んで話している印象だ。気が付くと岡田は色々なことを話していた。しゃべらされている。 「あんまり家族の話はしなかったよ。兄弟はいたみたいだけど。あんまり仲が良くなかったんじゃないの」 「そう、ですか」 「親が離婚してて、別々に引き取られたとかなんとか」  一条は本当に何も知らないようで、控えめではあったが西嶋の話を聞きたがっていた。仲が良いとは聞いていたが、使用人に対する興味の範囲ではないように感じた。 「俺もそうだけどさ、男兄弟なんてそんなものじゃない?」  岡田にとって兄は複雑な存在だった。両親は子供にも興味を持たなかったから比較だの期待だのと煩わしいことはなかったが、岡田本人にとって兄は一番の比較対象だった。  頭の良さでは岡田の方が確実に上だったが、興味のないふりをしながら成績の悪い兄をいつも意識していた。兄弟は似ているところはなくて、面と向かって本当に弟?と聞かれたこともあるほどだった。岡田にとって兄はコンプレックスだった。 「君んところは特別だと思うよ」  一条が、猫舌なのか少しずつ飲んでいたコーヒーの最後を飲み干す。とっくに飲み終えていた岡田が腕時計に目を落としながらそろそろ移動しようかと考えていたとき、一条が控え目に口を開く。 「もし間違いだったら申し訳ないのですが」  それまで、はっきりとした話し方をしていた一条が、今までにない歯切れの悪い調子で言った。 「もしかして、岡田さんは」  岡田はなぜか、身構える。 「西嶋のご兄弟でしょうか」  その時、机に置いていた携帯電話が着信を告げた。
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