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叔父さんのお弁当屋で働く青年、二十代後半の多島くんは困っていた。
お弁当のデリバリーの件でモメていたのだ。
「デリバリー始めるのに、どうして俺が配達したらダメなんだよ。普段だって現場の弁当や仕出しの配達だってやってるだろ?」と多島くん。
「ネットで注文受けるやつはダーメ! ぜったい! お前には早い」
「ちょ、マジで意味わからんのだが? そもそもITに弱いの叔父さんの方でしょ。野良配達員使うやつは導入しないって言ったよね? じゃあ俺しかいないでしょうが」
「そこは気合いでどうにかする。とにかくお前は今までの配達だけやってろ。いいな?」
それだけ言うと店長こと多島くんの叔父さんは厨房に引っ込んでいった。家族経営のこの店は、叔父さんと叔母さん、多島くんと、数人のパート主婦で回している。
「配達出来るの、俺しかいないのに……。どうするつもりなんだ?」
流行病のおかげで、この商店街の売り上げは全体的にダダ下がっている。
唯一、テイクアウトとデリバリーに対応していた店だけがなんとか生き残っているのが現状だった。
叔父さんの店もご多分に漏れず売り上げが下がっていても、こうして営業を続けていられるのは、ただの偶然だった。
「それにしても……。もうデリバリーバイクは納品されているのに、一体誰が乗るんだ? まさか叔父さんが? ふうむ……」
多島くんが店頭でふさぎこんでいると、向かいの本屋でバイトをしている、10歳年下の恋人、由希乃がやってきた。
彼女は、あちらとこちらのガラス戸越しに、彼の様子を見ていたのだろう。心配そうな顔をしている。
「多島さん、どうしたの? 叔父さんとケンカでもした?」
「まあ、そんなカンジ。でも心配ないから」
「心配するよ。そんな顔してるし。何があったの?」
仕方なく、多島くんは事情を話した。
「ごめん、私にも叔父さんが何言ってるのかわかんない」
「でしょ?」
「でも、ひとつだけ言えるのは、店長さんは甥っ子が心配なんだよ。きっと」
「子どもじゃあるまいに~」
「そんじゃまたあとで」
それだけ言うと、由希乃は本屋に戻っていった。
「わかってるけどさぁ……」
誰もいない店内で、多島くんはつぶやいた。
――俺が心配だって言っても、叔父さんも叔母さんも体にガタが来てるし、自分がやるしかないじゃないか。野良配達員を使わない以上、俺の他に誰がいるんだ?
叔父の考えが全くわからず、多島くんは終始モヤモヤしっぱなしだった。
それから数日後、デリバリーサイトへの登録が完了して、いよいよネットでの営業が始まった。
「ここまで準備しといてなんだが、マジで配達員どうする気なんだよ、叔父さん」
「勝也は心配しなくていい」
「いやいや、安心出来る材料が叔父さんから全く提供されないから、此の期に及んでも俺は心配してるんだが? というか、叔父さんのせいで由希乃ちゃんにまで心配されてるんだが?」
「え! そりゃいかん」
「いかんと思うんなら、ちゃんと説明しろ」
「ああ、説明しに行って来る」
「どこにだよ」
「向かいに」
「由希乃ちゃんじゃなくて、まず俺に説明しろ。その責任が叔父さんにはある。違うか?」
「だってー、お前に説明すると鬼ツッコミされて恐いんだよ」
「それ説明しない理由としてどうなの? 小学生かよ。店長なんだからちゃんとしろ」
「注文来たときにするから」
「マジで怒るぞ」
ひぃぃ、とわざとらしい悲鳴を上げながら、叔父さんは厨房へと逃げ込んだ。
「ったく……。意味わからんぞ」
そうこうしているうちに、最初のネット注文が入った。
多島くんは厨房の店長にオーダーを通すと、専用容器などの準備をして料理の完成を待った。
――本当に、配達はどうする気なんだろう?
「毎度!」
多島くんが不安にかられていると、同じ商店街の酒屋の主人がやってきた。
「おはようございます。叔父なら奥に――」
「分かってるって。その叔父さんから電話もらって来たんだから」
「へ?」
まもなく叔父さんが店先にやってきた。
「おう、しゅうちゃん。配達たのむぜ!」
「まかしとき」
酒屋の主人は、叔父さんの幼馴染みだ。
「……まさか、そういうこと?」
「あれ? お前、勝也くんに話通してなかったのかよ」
「こいつにゃー言いづらくてよう。これ、バイクの鍵な」
叔父さんはしゅうちゃんに新品のデリバリーバイクの鍵と商品を渡した。
「じゃ、いってくら!」
しゅたッ、と手を上げて、しゅうちゃんは去って行った。
「叔父さん!」
「へい」
「商店街救済のためなら言ってくれればいいのに」
「だって勝也くん恐いんだもん」
「だもんじゃねーわ」
「あ、また注文来たぞい。いそがしいそがし」
叔父さんは厨房に逃げ込んだ。
――ったく。あとで由希乃ちゃんに説明しに行かないと。
「今日もがんばるぞい」
勝也は、まだ由希乃のいない本屋に向かってVサインを決めた。
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