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科学技術が進みほとんどの作業が機械に任せられるようになった一方、科学技術が進んだことによって生まれた仕事もある。歴史の修正、それが私の仕事だ。
歴史の修正といっても大それた事はしていない。タイムマシンを使用し過去へ飛び、私たちが教えられてきた歴史が正しいものなのかをチェックするだけ、言い換えれば今に伝わる歴史資料の事実確認だ。
一昔前までは過去へ行くということはずいぶんとリスクのある事だと言われてきた。しかしとある学者が出した過去事情固定説により考え方が改められた。その説はとても単純で『いかなる事があっても過去に介入により未来が大きく変化することはない』と言うものだ。
よく例に挙げられるのは有名人の死だ。たとえばパレード中に暗殺されたケネディ大統領。もしこの事件の前夜にタイムスリップしてケネディ大統領を匿おうとした場合、それはいかなる手段を使っても失敗する。同様にパレードを中止しようとしても、暗殺者の身柄を先に拘束しようとも、何らかの因果によりそれは必ず失敗して暗殺事件は起こってしまうのだ。
そのため歴史介入の危険はなくなったがやはりまだ不確定な要素も否定しきれない。その対策のため国が行い始めたのがこの仕事だ。正しい歴史が分かればいつの世が安全か、はたまた危険かが分かるだろうといったところだろう。
そして私が向かうのは戦国時代。知らぬ人は居ないであろうあの織田信長。彼の調査は今まで何度か行われてきたのだが、皆現代に戻ってこなかった。やはりそれだけ有名な対象は近づくことが難しく、そして危険が伴う。それでも彼のファンは多く、危険だとしても調査を希望する者は多く居る。もちろん私も例に漏れずその一人だ。
そして今回、光栄にも私が選ばれた。持ち物は小型のタイムマシンと自前のタブレット端末一つ。そして調査の資料でいえば信長公記の裏づけを行うため、私は戦国時代へ降り立った。
信長が住まうとされる城から少し離れた山村。およそ40名ほどの集落に私は身を隠した。後に信長はこの村に反乱分子が居るとして村を焼き討ちするのだが、事前にこの村に立ち寄ったともされている。私は小型のタブレット端末を使い、録音してきた音声を流して七色の声を持つ旅芸人として人々の気を引いていた。もし歴史書が正しいのであればこのような新しい者を信長は見逃さず、興味を示すと考えたからだ。
三日、四日と過ぎ村で私を知らぬ者が居なくなった頃、若い男が私に声を掛けてきた。
「まこと不思議な技術だな。見た目は明らかに男性、しかしこれほどまで幅広く老若男女の声を操るとは。」
「少々特殊な喉の使い方と言いましょうか。まだどの村でも、誰にも真似された事の無い技術でございますから。」
私はその後、様々な声を流した。とりわけ男性から出される高音の女声に興味を示した様子だった。
「ふむ、面白い。ついて参れ。」
男は私を馬に乗せ、颯爽と山道を駆け下りて城下町へと連れ込んだ。そして道中に私にこう告げた。私が織田信長だと。
私は半信半疑であった、第一顔が年取っている。本来であればこの時代の信長は10代のハズだ。しかし私が見るに少なくとも20代、さらにいえばそれ以上の落ち着きと豪胆さが感じられた。しかし相手はあの信長。人には知られぬ気苦労と強さから若くしてこのようになったとも考えられる。
そんなことを考えながら話をしている間に、馬は城内へと入り。私は一室の茶の間へと通された。
「まず座れ。」
茶の間に二人となった所で、信長は私に指示を出す。言われるがままその場に座ると、信長は私の目の前に腰を下ろした。
「さて、先ほど尾張生まれと申していたな。」
馬に乗っている間の会話。その中で信長は確かに私の故郷を訪ねていた。私はなるべく現実的かつ彼の機嫌を損ねぬよう、嘘の返答をしていた。
「はい、そうです。」
「嘘だな。」
先ほどの声とは違う低く思い声。脅しやハッタリではなく確信を持った返答だ。
「表情や言動で分かる。正直に話せば命は取らん。」
「あ、いえ・・・」
思わず言葉が詰まる。
「答えられぬのか。」
信長が刀を抜こうとしたのであわてて返答をする。
「すみません。私の生まれは福井県、いえ福井ではなく今は陸奥と呼ばれる土地です。」
「陸奥、伊達の土地か。真実のようだが福井とは、そして『今は』とはどういう事だ?」
一つの嘘から全てが引き出されていく。命には代えられぬと思い私は真実を話すことにした。
「実は私、この先の時代から来た者です。歴史に名を残す信長様の正確な情報を得るために来ました。」
信長は私の目をじっと見つめる。鼻先があたる位置で、まるで瞳の奥を覗くかのように。
しばらく見つめた後、大きく笑った。
「どうやら嘘では無いようだな。この信長は歴史に名を刻むのか。」
信長は立ち上がり再び大きく笑った。
「何か無いのか、そなたが先の時代から来たといえる確たる物は。」
そういわれた私はタブレット端末を出すしかなかった。
「これはこの先作られる物です。音や姿を記録したり、遊具としても活用できる物です。」
私は自分の姿を写真にとり、信長に見せた。
「ほう、これは確かについ先ほど見せたそなたの表情だ。」
「今の信長様の姿も映せます。」
私は信長の写真も取った。これは私にとっても資料作りに使用できるためとてもありがたかった。
「ふむ、他には無いか?」
信長の興味は尽きず、眼を輝かせまるで子供のような表情をとっていた。
「えっとですね。」
私は自分が用意した資料から、信長が興味を持ちそうなものを探す。まずはデータに入れていた紙本著色織田信長像を見せる。
「これはこの先。信長様の姿として残される絵でございます。」
「ほう、これが私と。似てるとも似てないとも言えぬものだな。」
この写真をみて、信長は随分と上機嫌になる。もっともっと言われ、私もタブレットで行える様々なモノを見せていく。
お互いに楽しくなったところで、信長は私に確信を迫る。
「して、この信長は天下統一できるのか?」
私は答えに戸惑った。言っても歴史には変化はおきないだろう。しかし言ってしまっていいものか、機嫌を損ねて私の首をはねる事もあるかもしれない。
「それは・・・」
「いや、答えずともそなたを見ればわかる。口に出さずとも良い、この信長はただ自分の信じる道を進むのみなのだからな。」
私の目から思わず涙が零れた。これがあの有名な織田信長。天下統一を夢み、目指し続けた男の生き様。
「さて、脅して悪かったな。生誕よりの資料は写しを持ってこさせよう。そなたはそなたの役目を果たすが良い。」
「ありがとうございます!」
私は額を床にこすりつけ、大きく感謝を示した。
「それにしてもこれは面白いな。こんなにも様々で、そしてそのまま移したような絵が見られるとは。」
すでにタブレットの操作にも慣れ始め、信長は画像のフォルダを次々とめくっていく。そのフォルダには、事前にインターネット内にあった全ての織田信長に関連する画像が保存されていた。
「これは随分と南蛮人のような出で立ちだな。これは絵か、こんなに細くては具足を着けて駆け回れなかろう。そしてこれは・・・」
信長の手が止まる。
「これは何だ?」
私が覗くと、そこにはゲームで使用されている女性の姿になった織田信長のイラストが出されていた。
「これは創作物でして、もしも信長様が女性だったらと言う・・・」
そこまで話した時、不意に意識が途絶えた。信長が刀を抜き、そして私の首を一刀両断したのだ。
信長は私の血で染まったタブレットを何度も刀で突き、原型を留めぬよう念入りに破壊した。
「誰か居るだろう!これを始末しておけ!」
信長は部屋を出ながら大声で叫んだ。そしてそのままの足で屋敷の奥、彼しか知らない秘密の通路を通って一つの部屋にたどり着く。
部屋には入らず、襖越しに小声で話し始める。
「今、よろしいでしょうか。お耳に入れておきたい事が。」
「申せ。」
「信長様を女人と示唆させるような物を持った人物が現れまして。その者の首は刎ねましたが、いかがいたしましょうか。」
「・・・その者と出会った場所、由縁のある場所を焼き撃て。またそのような話が出たら、再び焼き撃て。」
「承知いたしました、ではそのように。」
襖の中の人物はため息混じりにぼやく。
「まさかそのような事を考えよう者が居たとは。是非もないことだ。」
その声は女性のものだった。
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