鬼の潜む場所

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鬼の潜む場所

 小さなモノが舞っている。  まるで宙を泳ぐクラゲのように見えるそれは、自らぼんやりと光を発し、男の体の周りをくるくると飛んでいた。細く輝く触手が男の腕に、足に、首に巻きつく。  だが、振り払おうとした男の手は明るさを増す光に触れることなく空を掻く。足を上げても光には届かない。 「……前に、盆踊りというものを観たが、あんな感じだったな」 「これぞ踊らされている、ってやつだー。放っておけよ、弥之助」  これらは木霊という妖怪の一種だ。  森の精霊とも呼ばれ、大樹がそびえる深い森に暮らす。身体の自由を奪い、動きを封じた後に、少しずつ生気を吸い取るのだという。死ぬことはないが、放っておくのも気が引ける。 「そういう訳にもいかないだろう」  埒もない考えを頭の隅に追いやり、弥之助は背に隠してあった刀に手を掛けた。二本あるうち、銀色の刀。〝切る〟刀だ。 「おじさん、無事か」 「お前、何で此処に」  男が驚いて動きを止める。  盆踊りも終わりだ。 「叫び声が聞こえたからな。俺をつけていただろう」 「や、そ、それは」  男の視線が揺れる。  気付かれていないと思っていたようだ。  弥之助は静かに刀を抜いた。それは一般的な武士が持つ刀の半分ほどで、脇差よりはわずかに長い。銀に輝く柄の部分には鬼灯をかたどったような装飾が施され、刀身も淡い銀色を帯びていた。 「ちょ、待っ、俺が悪かった。わ、悪かったって」  店での威勢は何処へ行ったのか。  慌てて謝る男に、触手はさらに複雑に絡まる。今にも転びそうだ。 「動くな」 「まてまてまてまて、落ち着こう」 「りゃー、おまえが落ち着けー」 「うわああ、猫が、しゃべった、猫がっ」  突然顔を出した鈴丸に男が仰け反る。 「りゃはは。忙しい奴だな、おまえ」 「鈴丸、遊ぶな。おじさんは動くな」 「そうだぞ、動くと死ぬかもな」 「しっ……!?」  鈴丸の言葉に男が固まる。  弥之助は飛びまわる光を避けて、男に絡まる触手の先端を切った。 「お前……何を」  目の前をかすめた刀に男は胡乱な表情を向ける。 「おじさん、視えないのか」  触手を断ちながら、弥之助は思わず呟いた。鬼を斬ると意気込んだ男に霊感があると考えたのは、弥之助の早とちりだったらしい。 「りゃは、それで妖怪退治か。笑っちゃうな」  鈴丸も同じだったようだ。  にやりと笑うと男の肩に飛び移った。 「特別だぞ。弥之助に刀なんぞ突き付けた礼だ、視せてやるよ」  鈴丸を取り巻く妖気が揺らいで濃度を増し、男を覆うように薄く広がる。  妖怪に対する感度を意図的に高めようとしているのだ。上手くいけばその姿を捉えることが可能になるが、無理に得た力に呑まれ自我を保てなくなる者も少なくない。  危ない。 「駄目だ。鈴丸、やめろ」 「止めてくれるな、弥之助。オイラは、こいつを怖がらせたいんだ」  ただの意趣返しではないか。  引き離そうと伸ばした弥之助の手をすり抜けて、鈴丸が男の頭上へ逃げる。  瞬間、男の身体から弾かれたように光が散った。発光を強めた小さな妖は、まだ残っていた触手を自ら千切り、深い森へと姿を消した。 「これは……」  わずかに男から別な妖気を感じた。皮膚に纏わりつくような嫌な気配だ。 「りゃー、びっくりしたー」 「鈴丸」  いつの間に離れていたのか、弥之助の足元で鈴丸が毛を逆立てる。 「こいつ、何処かで妖怪に触れたな」 「触れた程度でうつるものなのか」  先に感じた妖気、余韻と呼ぶにははっきりしすぎていたように思う。 「さあな。同調したのか、狙われているのか」 「狙われて」 「獲物に目印をつけるモノも多いぞ」 「うわああ、鬼だ!」 「お……弥之助?」 「違う、俺ではない」  会話を遮って、背後から三度目の叫び声が上がる。
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