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学校が終わり、学生用鞄を肩にかけた遊。高校二年生の男の子だ。
遊は誰に構うことなく教室を出て、下駄箱で靴に履き替えると、そそくさと校門を通過した。
明日は土曜日。その事実が遊の足先をいつもと違う方向へと駆り立てた。
眩しい夕陽から逃げるように、森の中へ入る。森の中というものの、そこは遊歩道がしっかりと敷かれていて、ランニングウェアを着た人たちがよく走っている。
しかし遊は、その遊歩道から敢えて外れた。以前にも通ったことがあって、見慣れているからだ。
遊歩道から外れれば、そこはもう森の中。木々が無数に聳え、地面は軽く湿って、落ち葉が覆いかぶさっている。一歩、二歩と歩む度、落ち葉がクシャッと潰れる音が響く。
木々を縫って吹き抜ける風は、森に漂う清涼の香りを乗せ、遊の全身を駆け抜ける。
遊は犬のように鼻を動かした。今日先生に怒られたことなど遠い過去の記憶のように、酷く穏やかな気分になる。遊は立ち止まり「んんっ」と呻きながら大きく背伸びした。このまま大の字になって寝転びたい衝動に駆られるも『制服が汚れる』と理性の抑制がかかってしまう。
そして、再び歩き出そうと一歩足を踏み出した時、遊はすぐに立ち止まった。
それは、自分以外に人がいたから。それも女の子。
太く大きな木を背もたれにして、落ち葉の上に体操座りした女の子は、小説に夢中。肩に芋虫が乗っていようが、頭の上に蝶がいようが気にする素振りもなく、微動すらしない。
胸まで伸びた黒髪と澄んだ瞳。スカートから伸びたすらりとした脚。着ている制服は遊と同じ学校指定のもの。けれど、遊はあんな美少女を見たことがなかった。
ここは何事もなく通り過ぎるのがいいか……。
本当は話し掛けてみたい興味はあったのだが、そんな勇気は持ち合わせていなかった。
遊は、女の子が見えていないような素振りで歩き出す。
草や葉が風によって擦れ、その音だけが鮮明に響くほどの静寂の中、女の子を素通り……しようとしたのだが……。
「ねえ、私のこと見えてる? 無視しないでよ」
「え……」
突然、女の子から話し掛けられてしまう。遊は思わず立ち止まった。
しかも第一声が無視したことへの言及。
この子、変わってる……。
小説に栞を挟んで閉じ、遊を見つめる女の子の瞳は何かを悟っているように冷たい。かといって、無視したことに腹を立てている様子はなく、なぜ無視をしたのかということに対し、純粋に疑問を浮かべているようだった。
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