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浅草六区の劇場で
「あのさあ平田君さあ」
ぶっきらぼうな、だが妙に間延びした劇場スタッフの口調が耳につく。こういう時は自覚する以上に苛々しているのだ。
「はい……」
平田成典は立ち稽古で流した汗を拭きながら、振り返った。
楽屋と通路の間に置いてある鏡に、足早に舞台裏に戻っていく若者たちが写っている。
自分と同じ、汗で体に張り付いたTシャツに、高校生のようなジャージのズボン、スニーカーや地下足袋履きの者もいる。
舞台上での足さばきがより良いのだというのがそいつの主張だ。
なるほど一理ある。
役者は舞台上での立ち位置を掴み、自分が何者で何をしたいのか、主演のスターさんとの関わりは何か、短時間で客に分からせる必要がある。
だが今、所属する劇団のマネージャーは、自分を袖の隅っこに呼んでいる。
なんだろう、大体見当はつくけど。
「平田君、今度の公演のチケットの件なんだけど……」
ほらきた。
「はい……」
「もうちょっと、もう一息も二息も頑張ってもらえないかなあ。大々的にメディアで宣伝してるわけじゃないから、どうしても出演者の動員力に頼らないといけないのよ。それは分かってるよね」
「はい」
「だよね。もう若手ってわけじゃないんだから。だから頑張って。人より何倍も頑張って売って。バイト先とか、家族親戚とか友達とか」
「はい……」
「はっきり言って平田君だけチケットの売り上げがダントツ悪いのよ。結構足を引っ張ってるっちゃ引っ張ってるから、そこの所ちゃんと認識して。じゃそれだけ。明日も頑張って」
お疲れーと言いながら、マネージャーは他の若手役者が集う楽屋に入って行った。
平田は、続いて入ったものかどうかためらいながら、結局トイレで顔を洗い、手と頸筋の汗を拭き、自販機の脇で一息つくことにした。
やれやれ……
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