第四話 母親との日々

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第四話 母親との日々

「記憶喪失っ!?」 今井さんと共にナースステーションまで行った俺はそこで駐在しているピンクメガネのキビキビした女医さんに記憶喪失の件を伝えた。 「自分の名前は分かるし、歳も覚えているんですけど、なんで病院に居るのかとか、住所や母の携帯番号とかは全く記憶になくて…よく医療ドラマとかで出てくる記憶喪失なんじゃないかなぁって。ははは……」 ***************** 昨晩は記憶喪失の事を伝えた後、沢山の質疑応答に答え、筆記テスト的なものまでさせられたので非常に疲れた。結果は知識にかなりの偏りがあるものの断片的に記憶が残っているという事らしい。 その後、今井さんとヤリたかったが、強制的に寝させられた。残念。 翌朝は健康的な時間帯に今井さんとは別の看護師さん起こされて朝食を食えと言われた。でも、それ超絶不味いんだよな。嫌だとか、腹減ってないとか駄々を捏ねてさっさと二度寝をした。 院内アナウンスが流れた為、目が覚めた。 どうやら入院患者への訪問が出来る時間になったらしい。つまり何が言いたいのかというと我が偉大なる創造主こと姫小路小町様(マイマザー)降臨という事だ。 昨夜、俺が目覚めた時点で既に母親には連絡がいっていたらしく、仕事を早退して来るらしい。 トントンと控えめなノックと共に 「あーくん?起きてる?」 と小声で俺を呼ぶ声が聞こえる。半開き状態のドアからひょこんと覘く顔が綺麗だ。卵型の小顔に黒髪ロングストレートとは完全に俺の趣味ではないか。素晴らしすぎる。 更には、色白な肌に品性が感じられるような紅が刺され、薄眉の下の瞳は少し吊り上がり気味で本来ならば怖いやキツイと云った印象を受けるべきであるが、俺を前にした今はただただ無垢な煌めきを放っている。そして、首元には、その辺に売っている様なアクセサリーではなく、オーダーメイドのジュエリーが輝きを誇る。正直に言う。 この女の存在は滅びの呪文ことバルスであると。 内心そう思いながら、表情はいたって気怠そうに、 「起きてるよ」 と素っ気無く返すと、 「あーくんっっ!!!」 と叫びながら全力で抱き着かれた。 スーツにシワが出来るからせめて背広脱いでくれと、思いながら、香木系の和風な良い香りを堪能する。頬に当たってる胸もかなりでかいな。昨晩の看護師よりもデカいぞ。そのくせ、腰は細いなぁ。41とは思えないくびれの美しさ。これが貞操観念逆転世界で結婚出来た勝ち組の肉体か。 思わず抱き返して、右手をスカート越しから尻を触りかけたじゃないか。危ない危ない。 俺が転移する前の二人の関係性は、俺がツンツン気まぐれタイプで、母親がデレデレ積極タイプだったのに、俺までがっついてはやばいぞ。ほらほら、どんどん締め付ける力がデカくなっていってる。場の空気を切り替えてなけば。 「ねぇ、離して。あのね、朝食は入院食で済ませようとしたんだけど、それ程美味しくなかったからそんなに食べてないしお腹空いた」 その後は「まぁ、大変ね。イタリアンにする?それともフレンチがいいかしら」等の言葉を適当に流して、病院のバンドを腕に巻き、近くのコンビニでおにぎりを買いに行くことに成功した。先ず、朝一からピザなんか食ったら吐くっつうの。 病院を出て徒歩二分。交差点角のドクシンマートに入る。この世界のコンビニ業界は、ドクシンマートの他に、イレブンセブンやソーロン、トライアングルケーやデカストップの五つの会社で競争が行われているらしい。最終手段の深夜のアルバイトとして一応覚えておこう。 「あれ?サーモンは要らないの?それにツナなんて一体どうしたの?」 事件は会計のレジで起こった。不意打ち気味に掛けられたその一言で俺の気持ちの良いショッピングタイムは強制終了し、一気に現実へと引き戻されたのだ。 あっちゃー、転送前の俺の好みは把握してなかったぜ。まぁいいか。記憶喪失の一例という事でいこう。にしても、連絡いってるって聞いたんだがな。あの看護師、テキトーか。 「実は昨晩、ご本人様が症状を訴えておられ此方で検査を行ったのですが、何らかの原因による記憶喪失と認めざるを得ません。ですが、幸いなことに御自身やお母さまの事を断片的に覚えていらっしゃるので恐らく回復は早いでしょう」 コンビニから妙な空気間のまま病院に戻った俺は即座に話を切り出した。母親は唖然としていたが、俺がナースコールを押して、昨晩の白衣をまとったピンクメガネのきびきびした女医を呼ぶ。母親は徐々に現実を受け入れようと頑張ってくれていた。多分だが、 「やっぱり前の俺じゃなきゃダメかな...」 の一言が効いたんだと思う。 「この罪深い小悪魔めぇえ‼」 と、泣き叫びながら抱きしめられた。ママはあーくんが変わっちゃっても愛してるんだからね、という囁き声が耳に残った。 その後、俺は退院する事に成った。というか、病院食が不味過ぎるから家に帰りたいとごねまっくって退院する事にしたのだ。病院側はもうしばらく様子を見て置きたかったそうだが、運ばれてきた当初の様なパニック障害は発症せず、俺の怪我自体は打撲程度のものだったのでドクターストップは掛けれないみたいだった。やったね! その後はナースステーションを始めとするお世話になった所に挨拶しに行き、病院の駐車場まで歩いて行った。転送前の俺の家族には車が無く、免許取りたてのダチの車以外は自家用車には乗らなかったのでなんだか新鮮な気分だ。しかも、軽じゃないんだぜ。滅茶苦茶可愛い顔の高級車ことポルシェだぜ。最高だね。 取り敢えず、感動を言葉に出してたら、 「こんなにあーくんに褒められるの慣れてなくて恥ずかしいよぉ」 と赤面していた母親が居た。おい、歳考えろ。可愛いのは認めるがな。 「記憶無いっていうか、なんか知識が偏ってるってお医者さんから言われたんだ」 駐車してたらなぜか車の中の空気が不味くなる現象を久々に喰らい、おえっ、となりつつもシートベルトを締めながら話を切り出す。 「記憶、まぁつまり経験によって人格ってあるじゃん」 俺は深刻そうな顔をしながら、再度、布石を打つ。 「ふふっ、ママはどんなあーくんでも愛してるわ」 と、見事なハンドリング捌きでコーナーを攻めていた母親に愛を感じる返事をされた。場の神妙な雰囲気は一気に晴れる。この一声で俺は初めてこの母親に会うはずなのに、とても安心出来た。これなら素を晒しても良いんじゃないかと思える。俺はニコッと笑って興味のある話題に変えた。 「取り敢えず、刑事は暴行罪なんだろうけど、退院しちゃったから民事の精神的苦痛で取れなくなったかな。裁判終わるまで待ってた方が良かった?」 転送前は法学生だった所以にどうしても気になったので、銀杏並木の景色を見てるフリをしながら尋ねてみた。 「うううん、強制わいせつ罪ね。民事では一人あたり300万しか取れなくて、弁護士に350万持ってかれたから、あーくんは1150万円の価値ですって。本当におかしいわ。あーくんは無限億兆円よ!いえ、お金では買えないわ」 嗚呼、そうか。暴行罪ではなく旧称強姦罪ね。まぁ、強姦罪っていうと響き的にヤっちまった感あるけど、胸とか触られただけなのかなぁ。童貞がそんな形で奪われていないと願おう。 あとその計算だと、5人による集団暴行を受けましたか。うん、思ったより事態は深刻だった。これ転送前の世界に置き換えて考えれば怖すぎる。でも終わった事なんだし有難くその金を頂くか。 「人生二億円って言われているのに嬉しいこと言ってくれるじゃん。で、そのお金どうするの?使い道決めてないんだったら買って欲しいものが有るんだけど」 唐突な俺のおねだりに母親は 「えっ、あぁ、うん」 と困惑しつつも 「あーくんはなにが欲しいんですかぁ?」 と尋ねてくる。優しい。というか、甘いな。好都合だからいいんだけどね。それでは俺の豊かな人生を支える為の金策といこうか。深い呼吸をした後、運転している母親の顔をしっかりと見て、誠意をもって真剣に向き合った。 「仮想通貨ってのを買って頂きたい」 「どうしたの、そんな真剣な顔をして」 と、笑いながら了承してくれた。家に帰ったら調べてくれるらしい。 絶対、おもちゃかなんかと勘違いしている希ガス。家帰ったら説明しなきゃなんねぇな。 その後は適当に俺の食の趣味について話していた。一応は伝えたんだが、なんだか心配なので晩御飯は一緒に作る事に決めた。 家に着いたらしい。瓦葺の屋根と、表面がざっと炙られた杉の木目が特徴の町家だった。 車庫は外観を崩さないように地下に作られており、その入り口は絶妙に隠されていた。又、オートロック式のドアや防弾ガラス製の窓ガラス等、警備は完璧だった。後日分かった事だが、壁の杉の板の裏は鋼鉄の板が張られており、実はこの家は鉄で出来ているらしい。 「いや、町家にポルシェはどう考えても合わんやろ」 「でもね、お前は小町って名前なんだからこの家が似合うってパパが買ってくれたから」 「へぇ、左様で御座いますか。俺なら清涼殿とか城とかにするんだけど、教養無い奴だな。ちゃんと古典読めよ」 「パパは確かにおバカだけどそんなこと言わないの。めっ!」 おいおいおいおい。「めっ」ってさ、流石に叱り方が幼稚すぎるだろ。でもまぁ、頬を膨らませ、人差し指を俺の顔にあてがう顔は可愛かったので良き。 「にしても、家は覚えてないのね」 「因みに家の中の構造も覚えてないよ。トイレの場所とか自室有るなら案内して欲しいかな」 入った瞬間驚いたことがある。てっきり中も和風な感じで畳と襖だらけなんだろうと思っていたのだが、実際は高級ホテルの様な煌びやかな洋式な構造デザインであった。 裏話を聞くと、俺の父親は外装だけやたらとこだわったらしいが、内装は母親に一任され、実用性と居心地を求めた結果、現在の様子に落ち着いたらしい。ただ、父親は洋式デザインが気に食わなかったらしく滅多にこの家には来ないんだとか。基本は別の奥さんの家で暮らしているらしい。 一つだけ言わせて。女の家に来るって、平安時代の通い婚ですか?まぁ、平安は男子の権力が強くて、男子の数も少なかったし、男子も暇で仕方無かったのもあるけど、まさか、恐らく平行世界?の21世紀でも似たような現象が起きているとは。 しばらくの間、リビングでくつろぎながらそんな話をした後に、遂に自室を案内して貰う事に成った。因みに、うなぎの寝床と呼ばれる程、奥に長い町家なので、案外、一部屋一部屋は狭い。玄関から入って、トイレ、キッチン、ダイニング、リビング、二階に俺の部屋、母親の部屋があるみたいだ。 俺の部屋の中に入った途端、驚愕した。部屋の床、棚、更には机の上までが機関車や車、レンジャー系の人形でいっぱいだったのだ。転移前の俺氏、ガチで幼稚園児だった説浮上。戦慄した。 唖然として棒立ちの俺に、母親は、 「じゃあ、いつもみたいにいい子で遊んどいてね、ママもお部屋でしばらく休むね」 と声を掛けてドアを閉めた。 即座にブックオンに買取を頼もうと、リビングに駆け込み、母親のパソコンを立ち上げた俺だった。 転送前も二人暮らしだったため、そこそこ料理が出来る俺は自分で夜ご飯を作った。献立は簡単な野菜炒めとチャーハンだ。家庭用のコンロは店とは違って火力が無いので、いかに弱火でじっくり焼くかがポイントであると、ようつべで料理研究家が言ってたが、まさしくその通りなのだ。 「ねぇー!ちょっとぉ、あーくん、これどう云う事!?」 母親が階段から降りてきた。灰色で胸のあたりに可愛げなパンダのイラストが描かれた半袖のTシャツと、少し余裕をもって履かれた黒色のヨガパンツを着ていた。滅茶苦茶、足細いな!凄いわ。驚きよ。 ってか、完全に寝ぼけてる。多分、ヨガして疲れてうたた寝し、ご飯の香りで起きたんだろう。換気扇のスイッチの場所が知りたい。 「嗚呼、飯作っといた。それとリビングのパソコンの画面見てきて。ジュニアNISAと仮想通貨についてのプレゼン資料、即席だけど要点をかいつまんで説明してるし。後、俺の部屋のおもちゃ類の引き取り業者なんだけど三か所まで絞ったけど、どこに売るか悩んでるし相談乗って」 この日は号泣しながら飯を食う母親を添い寝までして何とか寝かしつける事に集中した為、家族会議が開けなかったという事だけが残念であったが、泣き顔と寝顔が綺麗だったので許そうと思った。
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