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「いたっ」
もとの自分の身体より身長があるせいで何度も頭をぶつけてしまう。
身体を借りて3日経った。そろそろ出てくる頃だ。
「おじさん、ごめんね……まだ娘さん見つからない
」
『 そんなに簡単には見つからないさ……それより俺の顔、血色いいな』
体が押し出されるように体から離れていく。
「 うん……栄養とったし、よく寝た……お酒と煙草やめたら?」
さっきまで自分が動かしていた体が冷蔵庫を開ける。
プシュと缶の開く音がした。
「無理だね……飲みたくてたまんない」
喉が上下に動いてグビグビとビールを流し込む。
「せめて何か食べながら飲んで」
「うめー体にしみるわー」
田中はあっという間に1本目のビールを開けた。この人の体だ。文句は言えない。
煙草に火をつけてうまそうに吸う。
「あー暫く吸ってなかったからクラクラする」
霊体に戻っても変わりはない。食べたり飲んだりしなくていいだけだ。今までこの状態で何かを食べたと思っていた。実際は食べてなんかいなかったのだ。味の記憶で食べたように感じる事ができたのだろう。
透は見えているみたいに春樹に接していた。春樹の母親にここに春樹がいると断言していた。田中ほどではないけど透にも霊感みたいなものがあったのかもしれない。
「どうした?」
「何でもないです」
「お前、水野春樹だったよな?」
「はい」
「これお前だろ?」
田中がスマホを差し出した。
「えっ」
3ヶ月前の記事だ。
□町の路上で大学生の水野春樹さんが背後から何者かに刃物で刺され死亡した。と記事に書かれている。
「刺された?僕が?」
「犯人の顔とか何か覚えてないわけ?」
刺された事も覚えていない。
「僕に恨みがあったの?」
「おそらく無差別殺人だろ?お前に恨みなんかないさ……お前は犯人と通りすがっただけ」
「ひどい……」
「あの辺でまた誰か刺されてたな」
理不尽に命を奪われた。それが自分の最期なんて受け入れられない。そんなの本当の寿命じゃない。
「知りたくなかったか?」
何も答えられない。
自分は平凡に生きてみたかった。恋愛してその人と一緒に生きてたかった。二人で頑張って小さい家を買いたかった。猫を飼ってみたかった。庭で家庭菜園をしてみたかった。休みの日の午後は二人で縁側に座ってたわいもない話をしてみたかった。それが自分の幸せな未来だった。そしてその横にいるのが透君だったらいいなと思っていた。
「お前の彼氏さ、お前の復讐とか考えてんじゃない?前に夜中に会ったの覚えてるか?……霊のお前より恐ろしいモン放ってたぜ」
「透くんが?……あの日そういえば刃物持ってた」
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