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その夜、田中は酷く酔って帰ってきた。足がふらつき帰るなり玄関で派手に転けた。
「大丈夫ですか?」
その目は焦点が合っておらず虚ろだ。
「のぞみちゃん、ただいま」
誰?と思ったが、千鳥足の男を支えて布団の上に寝かせた。春樹が体を借りてない時、田中は必ず酒を飲んでいる。それも長い時間正体をなくすまで。
「君を傷つけた。だんだん壊れていく君を見ていたのに手を離してあげなかった。愛してたから離せなかった……」
春樹は何を聞かされているのか分からず黙っていた。
「早く君を自由にさせてあげたら良かった……本当にごめんね。きららはちゃんと連れて行くよ……君は幸せになって…………苦しい事は全部俺が持っていくから……」
「のぞみちゃん…………ごめんね……きらら…きららごめん、ごめん……」
田中の閉じられた瞳から涙がつたった。
事情は分からないけど、田中は妻と娘を心から愛していたのだろうと春樹は思った。
愛していても幸せにできなかった?
春樹は田中の身体に入った。
田中のスマホのロックを解除し、田中のぞみをタップした。 3回目のコール音の後に声がした。
「はい……」
乾いた女性の声がした。
「のぞみさんですか?」
「よしはるさんじゃないの?」
「はい……そうです。あの……1度、お会いできますか?」
「……話すことなんかもうないわ」
「無理言ってすみません……あの少しだけでいいので」
春樹は約束を強引に取り、電話を切った。
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