君の瞳には映らない

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食べ終わると透がテレビをつけた。この時間はニュース番組か、NHKの子供番組しかやってない。 『22日、午前3時頃〇〇県△市□町の路上で男性が刃物で刺されたと、近くを通りががった新聞配達員から110番通報がありました。男性は意識不明の重体で病院で治療を受けています。警察は先月起きた死亡通り魔事件との関連があると見て捜査をしています』 〇〇県△市とは透のアパートのある市だ。□町とは隣町で徒歩でも行ける距離である。 「殺してやる…殺してやる…殺してやる」 背後で呪詛のような声をがした。振り返ると透がそう言っていた。 「どうしたの?大丈夫?」 透の様子が明らかにおかしい。取り憑かれたように繰り返す。透が音をたてて爪を噛んでいる。全く春樹の事など目に映らないように落ち着きなく部屋を彷徨いた。 「何かあったの?」 透はおもむろにクローゼットを開けて奥に置いてある衣装ケースの引き出しを開けた。鈍く光る物が見えた。 「殺す…」 透は決意したように低く言った。 「誰を?」 透は返事をしなかった。 まさか………… 通り魔。そんな言葉が浮かんだ。 透はナイフをタオルで巻いた。そしてそれをリュックサックに入れた。 「透くん!何をするつもり?!」 透は春樹の目を見ずに部屋を出た。透の様子がおかしい。見た事もない冷酷な感情のない顔をしていた。春樹は慌てて透の後を追った。 ニュースで写っていた□町の路上を透は歩き回っている。丸い月が怖いくらい明るい。春樹は警察に駆け込もうか考えた。透が何かしてからでは遅い。だけど、リュックサックに入っている物が警察に見つかれば、透は逮捕されるだろう。透が通り魔である訳がない。だけどそれならなぜナイフをリュックサックに入れてこんな場所を彷徨いているんだろう。透は春樹の問いに緘黙を続ける。夕方から深夜まで透は路上を徘徊した。 街灯だけの白い光の路上で視線があった。 白い光の10m位先にサラリーマン風の中年の男性がこちらを見ている。何か言いたそうな表情を浮かべている。春樹が声をかけようとすると慌てて踵を返し去って行った。透と春樹を見て、通り魔だと思ったのかも知れない。警察に通報されるかもしれない。 「透くん帰ろう、警察が来るかもしれないよ」 春樹は透に言った。透は春樹を見た。 「春樹……帰るぞ」
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