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昼間は眠たくて寝ている。最近はこうしていることが多い。目が覚めると夕方になっているなんて事もよくある。背中に鈍い痛みを感じる。いつぶつけたかのかも忘れた。
鍵が開く音がひびく。
透が帰宅した。
「ごめんご飯、何も作ってない」
春樹は体を起こして透に言った。
「透君?」
透は春樹と目を合わせない。無視されて悲しくなる。寝てばかりで何もしない自分に呆れているのかもしれない。透はクローゼットを開け着替えを出した。顔を洗って着替え始めた。透のスマートフォンが鳴った。
「もうすぐ家を出るよ……」
透はそう言って スマートフォンを切った。引き出しから香水を空気中降らせてそれを浴びた。
サイダーみたいな香りが小さな部屋に広がる。あれは高校生の時、一緒に選んだ香水だ。
「出かけるの?」
透は返事をしない。また無視された。
透はスマホと財布をショルダーバッグに入れて外出した。
春樹は透の後を追った。
透が向かったのは瀟洒なレストランで店員に案内されると数人の男女が既に座っていた。
合コンだ────
春樹はカウンターに座って様子を伺った。
はっきりとは聞き取れないが、乾杯して、軽い自己紹介みたいな声色が聞こえる。さっきの透の様子からして決して乗り気には見えなかった。だけど、チラッと見ただけだけど可愛らしい女の子達だった気がする。アニメ声のような女の子の声がする。その高い声がやたらと響く。透君がどうとか言ってる。
春樹ははっきりと自分の気持ちに気がついている。僕は恋愛対象として透君が好きだ。あの女の子達といて欲しくない。
不意に思い出した────
高校生の時に透君に気持ちを伝えたんだ。あれは卒業式の後。帰り道で。
透君はその時何て言ったんだっけ。
全く思い出せない。
ゆうに2時間は経ったような気がする。
「ミトは透君目当てで参加してんだよねぇ」
「やだっヒナコとリナだってそうじゃん!」
耳が慣れると喧騒の中からその集団の声だけ抽出できるようになった。
お酒の入った女の子の甘えたような声が嫌でも耳に入ってくる。
「はは……女子全員オレらの事は眼中にないんやなあ」
関西弁の男の声がする。3対3の合コンなんだろう。
「透は真面目やでー……こいつの口から女の子の話なんか出た事ないわぁ………彼女とかつくらへんの?」
「そういうわけじゃ………」
「でも高校の時とか好きな人くらいいたでしょ?」
女の子が興味津々な様子で聞いている。
「いた………けどでも」
「何や………おったんかいな………どんな子なん?……付き合ったん?」
「付き合って欲しいって言おうと思ってたけど」
春樹はドキリとした。透にそんな相手がいたなんて知らなかった。
「今は付き合ってる」
はっ?
「一緒に住んでる」
透はたて続けに言った。
透君は どうしてそんな嘘をつくんだろう。春樹は信じられなかった。
その後の会話は全く耳に入らなかった。
透に女の子の影なんてなかった。だって透君の家には僕が入り浸っている。
合コンは1次会でお開きになった。何となく透の同棲宣言で場の雰囲気がシラケたような気がする。
「んじゃまたゼミでなー」
女の子達と別れ関西弁の男と2人で透は繁華街を歩いている。5メートル程距離をとりながら後を追った。
「とおるぅーさっきの一緒に住んでるって誰なん?」
酒気を帯びた男の声が透に絡みつく。
「言いたくない」
「なんだよーまぁいいよ………お前も前に進んでんだな………」
その男の言葉には感傷的で優しい響きがした。春樹以外に透にそんな友達がいたのを春樹は知らなかった。
「女の子達ドン引きしてたなぁ………まぁあんくらいハッキリしてたら彼女も安心やろうな………」
「あいつを裏切りたくないんだ………」
嘘の筈なのに、透の語気は妙に説得力があった。
「本当はあんな所に行くのもあいつに悪くて……」
「好きなんやなあ……彼女の事……言ってくれたら合コンに誘ったりせーへんかったのにー」
「……あいつに今すぐに会いたい」
「帰ったらイチャイチャするんやろな」
茶化されて透は苦笑いする。
「ねぇ君………」
背後から声がした。男の声だ。
振り返るとそこにスーツ姿の中年男性が春樹を呼び止めたようだった。2m位間隔がある。
「君、前もあの彼と一緒にいたよね」
春樹は警戒した。表情が無い青白い顔で春樹を見ている。全く知らない男だった。
「ほら、夜中にあの彼と□町の辺りで」
あの夜、スーツを着た男の人がこっちを見ていたのを思い出した。
「彼は君の友達かい?」
この男 気味が悪い。
春樹は男を無視して透を追いかけた。
「いい加減、彼から離れてあげないと彼がおかしくなっちゃうよ」
背後に声を聞きながら走った。
どうして透君から離れないといけないの?
腹がたった。そして怖かった。
透君がおかしくなるって───
その予言めいた言葉が春樹の得体の知れない不安を煽った。
春樹は透のアパートまで走った。室内に籠った水音が響いている。透はシャワーを浴びていた。
「透君!」
浴室から出てきた透はどこも隠していなかつった。その体から湯気が上がって水が滴っている。直線的な肩幅、厚い胸板、引き締まった腹筋の下に顕になった性器。春樹は目が離せない。
春樹の胸は激しく高なった。
「春樹?」
その濡れた体にしがみついた。甘いボディーソープの香りがする。
「透君…僕は君が好きなんだ………子供の頃から、だから一緒にいたい………」
透が春樹の頭に触れた。
「春樹………今日はごめんな………俺にはお前だけだから」
まさか、一緒に住んでる恋人って言ってたの僕のことなの?
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