君の瞳には映らない

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透は母親に促され数日、実家に帰る事になった。大学までは遠くなるが母の様子が気になった。言われれば少し眠りが浅くなった気はする。少し疲れているのかもしれないが心配される程ではない。食事も痩せない程度には食べている。それに実家から食べ物が大量に送られてくる。米やパン、レトルトカレー、インスタントラーメン、野菜や果物も送ってくる。それだけ食べていても1ヶ月位なんとかなる。母親はただ自分に帰ってきて欲しいだけなのかもしれない。透は思った。 春樹も同じ日に実家に帰る事になった。 その日、透の実家で春樹の両親も呼んで食事をすると透の母親から連絡があった。実家にいた頃はよくどちらかの家で食事をしていた。 「お帰りなさい、透……春ちゃんもいるのよね?」 抑揚のない声で言った。 その異様ないでたちに透と春樹は言葉を失った。 透の母親は 体に大量の札を貼りつけている。 「母さん?何なのこれは……」 何も答えない母親からは何かを決心したような覚悟が見えた。 「いたっ!」 手に持った塩を激しく何度も二人に向かって撒いた。 「はらいまえきよめたまえ」 「母さん!何なんだよっっ!」 透が叫んだ。 「春樹?春樹なの?」 奥から春樹の母親が出てきた。 「やめて!!」 春樹の母親が透の母親の持つ塩を取り上げた。 「やっめて!春樹に酷い事しないで!」 二人の母親が揉みあう。 「透がおかしくなったのは春ちゃんのせいなのよ!」 「ちがうっ!春樹は、透君に酷い事しないわよ!」 「それならどうして透は春ちゃんがいるなんていうのよ!」 春樹は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。 「死んだ人をまるで隣にいるかのように!」 「やめろっっっ!」 透は耳を塞いで叫んだ。 「……ちゃんといるんだよ母さん…あいつの前で残酷な事言うな……」 透は膝から崩れ落ちた。 透の側に春樹の母親が駆け寄った。 「透君?春樹いるの?ここに」 「隣にいます…………ちゃんと」 空中に目を泳がせる母親には自分が本当に見えていないのだと春樹は思った。 春樹は外に飛び出した。 走ってマンションの階段を降りる。公園を抜けて国道を走った。 ちゃんと生きてる。僕は、生きてる。 「あっ」 車が通る度にヘッドライトの光が欠損した部分を貫いていく。 「な、なにこれ」 人の体にこんな穴が空くはずがない。塩をかけられた所、胸から腹にかけて体に無数に穴が空いている それは自分が怪異である証拠に他ならなかった。 「いやだ………」 痛みも何もない。 助けて、悪い夢なら早く覚めて。 「いやだよ……どうして、どうして?」 どうしたらいのか、解決策が見当たらない。死んでしまったけどどうしたらいいのかなんて誰が答えてくれるのだろう。 透君はどうして僕と会話してたの?まるで生きてる僕と会話しているみたいだった。 「君、大丈夫?」 背後から声をかけられたような気がした。人に自分の姿が見えるわけが無いのに。 振り返るとあのサラリーマン風の中年がそこにいた。 そうだ。この人は前も明らかに自分に話しかけていた。 「派手に体なくなっちゃったね、塩かけられたの?」 「体残ってて良かったね」 ニヤニヤと不気味に笑いながら男は話し続ける。40歳前後だろうか。前と同じスーツ姿。背は高くも低くもない。顔も特にこれといった印象もない雑踏に馴染む外見。 途方に暮れる自分を嘲笑うような態度に不愉快な気分になる。 「あの夜、友達といる君を見かけて気になっていたんだ…君から邪気を感じないから気がついていないんだろうなって思ってた……死んだことに」 この人には死んだ僕が見える。やはり死んでいるのだと念を押された。 「そんなにショックだった?」 「……」 「ほとんどの人は、死んだらちゃんと死ねるんだよ…現世の事は忘れてちゃんとあの世に召されるんだ………」 「君はここにいてはいけない」 「どうして?あなたは何?誰なんですか?僕は……まだ死にたくない!助けてください!」 春樹は混乱して叫んだ。感情のまま叫ぶと街路樹が大きくしなった。 「あー危ないから落ち着こう……木が折れちゃうから」 「いやだ…いやだよ僕は生きていたい!死にたくない!!」 「だから落ち着いて!!」 春樹は号泣した。どんな事をしても生き返りたかった。どんな生き物でもいいから生きていたかった。どんな生き物でも透君にだけ分かってもらえたらそれでいいと心から思った。 「おじさん、助けて下さい…」
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