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雫編前編
1
これは、雫、凪との特訓名目のガチな殺し合い(一切の誇張無し)を終え、光がやってきてから数日程経った頃の話だ。
ある日、俺こと海真桐人は退屈な休日を持て余して死神神社に足を運んでいた。
実際あの二人に勝てたとは言え、まだ実力は日向誠に遠く及ばない訳で。
その為にまだまだ特訓が必要だから…と言う感じでだ。
けしてどこぞのクールな毒舌スナイパー(芸人じゃないが)の皮肉をわざわざ聞きに来た訳じゃないぞ。(強調)
最近踏み慣れて来た階段を一人で登り切ると、相変わらず辺りは閑散としている。
そこらに散らばる死体は一応隅に寄せられ、とりあえず通り道だけは確保されているわけだが…。
「相変わらず酷い匂いだな…。」
鼻を塞いで立ちこめる腐敗臭に耐えつつ、神社の前まで歩いて行く。
近付くに連れて人影が見えてきて、てっきりあいつが濡れ縁に腰掛けてふんぞり返っているのかもと思ったのだが意外な事にそこに居たのは別の人物だった。
「げ、こそ泥なの。」
「げ、クソガキか。」
そう、そこに居たのは雫。
水色の短髪に黄色のデカいリボンがチャームポイント。
こんな物騒な場所にはなんとも不向きと言える小学生のような身なりにこの神社の物であろう巫女服を着ている。
「珍しいな、今日はお前一人か?」
「あぁ…凪は今バイトに行ってるし茜も今は居ないの。」
「あ、茜が居ないだと!?」
多分今日一の衝撃だ。
いや、そもそも今日は言う程の衝撃無かったわ…。
ちょっと抜き打ちテストの点数が低かったとか、コンビニで好きだった商品が他の物にすり替えられてたとか自販機でジュースを買おうとしてちょうど小銭入れにピッタリの金額が有ったのに十円を自販機の下に落として買えなくなったりとか。
あれ、思い出してみたら今日色々有りすぎじゃね?とも思ったがこれだけは譲れない。
今日一いや今年一、うーん…一生で一番の衝撃に違いない…。
「お前驚き過ぎなの…。」
「うぉう。」
などと思っていたら唐突に呆れ顔でツッコまれた。
「いや、だってあいつあの階段を降りた事すらないんだろ?
それなのに居ないって…。」
「茜は死神神社のリーダーだからたまに死神に会いに天界へ行ってるの。」
「へぇ…そりゃ知らなかった。
で、お前は一人で留守番って訳だ。」
「私でも留守番ぐらい出来るの。
で、お前はこんな所にわざわざ何しに来たの?」
「え?あぁ…えっと暇つぶし?」
「馬鹿なの?」
真顔で罵倒やめてくださいww本気で傷付くんでww
「でもまぁ…私は留守番してるんだからお茶ぐらいは出してやるから待ってるの。」
「お、おう悪いな。」
なんだ、意外に良いとこあるじゃないか…。
そう思いながらパタパタと神社の奥へ歩いて行く雫を目で見送り、とりあえず手近な濡れ縁に腰を落とす。
話し相手が居なくなって手持ち無沙汰になった俺は、一先ず晴天の青空を見上げる。
「ほんっとよく生きてるよなぁ…。」
ここ最近の激動の毎日を振り返り、一人ごちる。
それもそうだ。
既に姿が見えなくなった雫に、氷で出来たハンマーで襲われたのはついこないだの話なのだから。
それが最初に述べた誇張無しの殺し合い。
そう、俺の事を勝手にこそ泥と決めつけたこいつには一切遠慮や手加減なんて無かった。
よく言えば天真爛漫、悪く言えば猪突猛進。
こう言う子供っぽい所は見た目そのままだよなぁ…。
そこまで考えた所で、ふとついこないだの光の話を思い出す。
その時の光の言葉を要約すると、死神神社の巫女は三人とも生前自殺しているらしい。
なのに今こうして生きていられるのは、死神の独断で現世に強い憎しみを持って自殺した魂の中から選ばれ無理矢理生き返らされたからだ。
ただ無理矢理生き返らせている分彼女達は二つの大きなリスクを背負う事が義務付けられている。
一つ目に生前の記憶が全て無くなる事。
そしてもしどんな場合でもまた命を落とす事があれば、存在その物が無かった事になる事。
信じられない話ではあるが、死神神社の巫女である以上雫もその括りに当てはまるわけで。とは言え勿論他の二人なら有り得るとか言う話ではないが、その時は見た目が心身共に小学生の彼女がその括りに当てはまっていると言うのが何より衝撃だったのをよく覚えている。
本当にあいつは生前自殺したのだろうか?
あんな小さな彼女が、自ら死を選びたくなる程の出来事が生前あったとでも言うのだろうか。
俺が知る限りのあいつは、そんな素振りを一切見せず無邪気にガチャポンなんか回して遊んでる少女だと言うのに。
さっき雫が入って行った入り口に目線を映す。「やっぱ信じられないよなぁ…。」
そのまま誰に向けてでもなく呟く。
と、その時。
唐突に神社の奥の方からガシャーンと盛大な音が聞こえてきた。
「ぎゃぁぁぁ!?」
その後に耳をつんざく程の大絶叫。
「な、なんだ!?」
思わず立ち上がり、神社へと足を踏み入れる。とは言え…そう口に出しつつも、神社の中で何が起きたのか大体の想像は出来ていた訳だが…。
頭を掻きながらゆっくり奥へと踏み込み、声が聞こえてきたキッチン付きの茶の間の方に向かう。
以前にも解説したが、死神神社は外観から入ってすぐの内装に至るまで本格的な神社のそれなのだが、内部に巫女三人がそこで生活する為に住居スペースが設えられている。
拝殿を中心にしてそれぞれ左右に扉があり、
それぞれ左が今俺が向かっているキッチン付きのお茶の間、右の扉はそれぞれの寝室が並ぶ廊下に繋がっている。
ため息を一つ吐いて左側の扉を開くと案の定絶叫の主である雫が、割れた皿やらコップやらを見てあわあわしていた。
「何やってんだよ…。」
それが置いてあったのであろう棚の上の方には、恐らく彼女の目当ての物であるお茶っ葉の入った筒型の容器があった。 雫の身長では届かない位置だから、ジャンプするなりして無理矢理取ろうとして失敗したのだろう。
「危ないからちょっと下がってろ。」
言いながらしゃがみ込み、近くに置いてあったミニ箒とちりとりで破片を集める。
「うっ…。」
これには流石の雫も大人しく引き下がった。
「と言うか取れないんなら言えって。」
「取れると思ったの!」
「取れてないだろうが…。」
「ううっ…。」
「ほれ。」
一度手を止め、容器を取って差し出してやる。「あ…ありがとうなの…。」
少し照れた表情で、弱々しくそれを受け取る雫。
洗って重ねられた湯飲みと急須を手にして早速お茶の準備に取りかかろうとしている。
…しているのだが。
「待て待て…。」
これは止めずに入られまい…。
何故なら目の前の雫は急須に溢れる程のお茶っ葉をぎっしりと詰め込んでいたのだから。
「いくらなんでも入れ過ぎだ…。」
雫から急須を引ったくり、入っていた殆どを容器に戻す。
「お茶っ葉は溢れる程入れなくても大体このくらい入ってたら充分なんだよ。
後はお湯を沸かしてっと。」
中に水を入れ、電気ケトルのスイッチを入れる。
「ありがとうなの…。」
言いながら俯く雫。
うーん…ちょっと言い過ぎたかなぁ…。
一先ず破片を片付け終えると、ケトルのお湯が沸く。
急須に入れ、お茶の間に移動してから湯飲みに注いでやる。
「あ…。」
それを見て雫は何かを言いかけたが、それ以上は何も言わなかった。
「ほれ、お前の分。」
「あ…うんなの。
ま、待ってるの!お茶菓子があるの!」
そう言って雫はクッキーが入った袋を持ってきた。
入れてある袋が市販の物である辺り手作りだろうか。
透明なジッパー付きの袋の中からはチョコチップクッキーが見えていて、とても美味しそうだ。
「へぇ、美味そうじゃん。
これ凪が作ったのか?」
「これを作ったのは茜なの。」
「うえっ!?」
予想外の返答に思わず変な声が出る。
いや…俺の聞き間違えか…?
こんな美味そうなクッキーを作ったのが茜だって…?
「嘘だろ…?信じれん。」
驚きのあまり声にまで出る。
もう無いと思っていたのに早速今日一、いや一生一の驚きが今またやってきた。
これは一体どう言う事だ…?
おいおい、もうエイプリルフールはとっくに過ぎてるぞ…?
「お前…さっきから失礼過ぎなの…。
独断と偏見は人を敵に回すの。」
俺が盛大に動揺していると、雫は呆れ顔でため息を吐きながら言ってくる。
「うっ…でも、あいつ蜜柑の事も知らなかったし神社から出た事だってなかったんだろ?
ならなんでクッキーの作り方なんて知ってんだよ?」
「そこは私達もよく分からないの。
いつからかは覚えてないけど気が付いたら作れるようになってて、今はお茶菓子の代わりに作り置いてくれてるの。」
「ふーん…。」
あの茜がなぁ…。
とは言え早速一つ食べてみると、味付けも口当たりも申し分なく、オマケに形まで綺麗で普通に店に並んでてもおかしくない程のレベルだった。
「あいつにこんな才能があったのか…。」
一つを手に掴んでしみじみそう呟くと、目の前に座っていた雫はそれを見てため息を吐いた。
「どうした?」
「茜は凄いの。
こんな風に美味しいクッキーだって作れるし、たまに凪の手伝いもしてるの。」
「へぇ、あいつも案外良いとこあるじゃん。」
「凪はそんなつもりでやってる訳じゃないって言ってるけど、茜は貸しを作りたくないからだって言ってるの。」
「あぁ…あいつなら言いそうだな…。」
うわ…と言うかそれ実感どころか実際に言ってる姿まで目に浮かぶぞ…。
「でもだから私なんかよりよっぽど役に立ってるの。」
そう言う表情は何処か寂しそうだった。
なるほど…さっきからヤケにしおらしかったのはそれでか…。
雫にとって凪は言わば母親のような存在だ。普段面倒を見てもらっているからこそ、自分も凪の役に立ちたいと言う思いが強くあるのだろう。
「桐人も凄いの。」
「は?俺?」
などと思っていると、唐突に名前を出され拍子抜けする。
「私はこれまで自分でお茶を入れた事も、割れた皿を片付けた事もなかったの。」
「あぁ…。」
凪も凪で保護者と言う観点から我が子のように可愛がる雫に危険な事をさせたくないと言う思いがあるのだろう。
元より凪は性格的に他人の為に無理し過ぎるところがある。
最年長だからと言うのもあるのだろうが、そう言った仕事は雫にやらせずに自分で率先して片付けてしまいそうだ。
「凪は凄いの。
自分だっていつも忙しいのに私達の為に毎日美味しいご飯を作ってくれるし、仕事に行く前には必ず朝と昼のご飯も用意して冷蔵庫に入れておいてくれてるの。
休みの日には掃除もしてるし、疲れてるのに毎日私の話を聞いてくれるの。」
うーむ…ここまで来ると本当に頼れるお母さんって感じだな…。
「凪は私達の為にここまでしてくれてるのに私は何も出来てないの。
私だって本当は凪の役に立ちたいの…。」
本当の優しさと言うのは本来、与えた本人にとっては無償の物だ。
でもそれは与えた側にとってだけの話であって受けた側がそうだからとただ納得するだけと言う話でもない訳で。
優しくされれば何かしらの形で返したくなるのが人間で、それは雫にしたって同じなのだ。それにしても…うーむ…。すっかり落ち込んじまったなぁ…。
どうしたもんか…。
「ま、凪からすれば役に立ちたいって思ってるだけで充分なんじゃないか?」
「それだけじゃ嫌なの…。」
気休めじゃ駄目…か。
雫はその幼さが故に純粋だ。
大好きな凪の為に少しでも役に立ちたいと思っているし、だからこそ今出来てない事が申し訳なくて仕方ないのだろう。
「なら分かった…。」
まぁ…偶然とは言え乗りかかった船だ。
ここは一つ手を貸してやるか。
「…何なの?」
「凪と茜はすぐには帰ってこないのか?」
「茜は分からないけど凪は夕方まで帰って来ないの。」
「なるほど、まぁ途中で茜が帰ってきても良いか。」
「本当になんなの…?」
焦らしたからか、奇異の眼差しを向けてくる。「協力してやるって言ってんだよ。
凪の手伝いしたいんだろう?」
「ほ、本当なの!?」
不機嫌そうな態度から一転、目を輝かせてちゃぶ台から身を乗り出してくる。
「おう、とりあえずさ、凪が帰ってくる前に神社の掃除をしといてやろう。
ただ危ない事は禁止な。
だから何処を掃除するかとかは俺が決めるからな。」
「分かったの!」
俺の提案に特に不満の声も上げずに元気よく返事を返す。
こう言うとこはほんとちゃんと子供らしいよなぁ…。
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