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凪編後編
凪編後編
1
凪と電話した翌日の土曜日。
いつもの休日のようにただだらだらとベッドに寝転んでいるような気分にならず、何となく近くの河川敷に足を運んでいた。
あの後…。
俺は結局何も言えなかった。
確かに凪は生前自殺したからこそここに居る。そして死神神社の巫女になったからこそ、俺達は今こうして出会う事が出来たのだ。
凪が自殺した事を正しかったなんて言いたくない。
でも、昨日自分で言ったあいつがいなくちゃ駄目なんだって言うのも紛れもなく事実な訳で。
やばい、思い出したらまた恥ずかしくなってきた…。
何も言えなくなった俺に見かねたのか凪は、「変な事言ってごめんね、あと心配かけた事も、も、もう大丈夫だから。
それじゃ、お休み。」
とだけ言って逃げるように電話を切った。
正直、そう諭すように言われても、何を持って大丈夫なのかは分からない。
でも彼女なりにまた強がっているんだろうなとは思った。
でもそれを指摘する間も、勇気も俺にはなかった。
無理矢理にでも普段の態度に戻ろうとしている凪の思いを無下にする勇気もそこから立ち直らせてやる力も俺にはない。
電話を終え、居間に戻るといつの間にやら雨はまた帰っていて、光と母さんが二人で洗い物をしているところだった。
「あ、桐人さん。
雨ちゃんはもう帰りましたよ。」
俺の姿を見つけ、洗った皿を拭いていた光が声をかけてくる。
「あ、あんたもさっさとご飯食べちゃいなさいよ。」
隣で洗い物をしていた母さんが言う。
「ん。」
短く返し、自分の椅子に腰掛けて光お手製のナポリタンを口に運ぶも、あまり味がしない。全部食べる気にならず、結局残してその日はそのままベッドに倒れた。
…まぁ倒れたところで寝れなかった訳だが。
その夜も、そして今も、凪と電話で話した事がずっと頭の中でぐるぐると回って頭から一向に離れてくれそうになかった。
ため息一つ、河川敷の草むらに寝転んで空を眺める。
天気は快晴で割と暑いものの、たまにはこうして気分転換のためにただボンヤリ空を眺めて日光浴…なんてのも良いのかもしれない。
「…何やってんの…?」
そんな事を考えながらそのままぼーっとしていると、俺が居る場所上部に設えられた橋の手すり部分からこちらを覗く木葉の姿があった。
「何って、河川敷に寝そべって黄昏れてんだよ。」
「いや…今昼間だし…そんなベタな青春漫画のキャラみたいなのリアルにやってる人初めて見たんだけど…。」
「夢がないなぁ、こう言うのは気分でやるもん何だよ。
なんならお前も一緒にやるか?」
「いや…やらないし普通に無理だし…。」
ちょw辛辣ww
「…てか私これから用あるし…。」
言われてよく見ると、土曜日だと言うのに木葉は制服姿だった。
「なんだよ、今日お前部活?」
「もしそうならそこで寝転がってるベタな主人公を引っ張り上げて無理矢理連れて行ってるよ。」
何この子怖い。
「昨日の帰りだからって訳でもないか。
用事あるって言ってたし。」
「…まぁね、これから予備校。」
「゛えっ…。」
「何その意外そうな反応。
別に、変じゃないでしょ。
来年はもう受験だし私の場合はさ、白神で学年首位常連でもそれだけじゃうちの親納得しないし。」
「あ、あぁ…。」
先に木葉が実は金持ちだったって話を聞かされたから、学年首位ってのに対する驚きは今更付いてこなかった。
いやまぁ普段のこいつの態度とか見てたらどっちも予想外だったけど。
「だからさ、週に何回かこうして父親推薦の予備校に通ってんの。」
「な、なんかお前も以外と頑張ってんだな…
」
「失礼過ぎない…?」
「いや、まぁ実際すごいと思ったのはほんと。だから今まで全然気付かなかった訳だし。」
「いや…それはまぁ…私が気付かれないようにずっとしてきた訳だから。」
「何でだよ?」
「だって…さ、私みたいなのが普通の高校通ってたらさ、やっぱ変じゃん。
金持ちのくせに、とかわざわざこうやって裏で特別予備校にまで通うぐらいなら、なんでそんなことする必要あるんだよって思うじゃん。」
「いやまぁ気になりはするけど。」
実際、そう言う理由で嫉妬したり突っかかる連中も中にはいるだろう。
でも少なくとも俺はそうじゃない。
こいつのウザいとこもまぁなくはないが…。
でも同じくらい良い所だって知ってるつもりだ。
今更こいつの事情を知ったところで、驚いたり気になりはしても悪意を向けるつもりなんて一切なかった。
「途中なんか失礼な事考えてなかった?」
「…とにかく別にそれを知ったからどうこうするつもりはないって。」
「ふーん…。」
納得いかない、って表情だ。
「あのさ、キリキリ。
私はね、普通が欲しかったんだ。
その為に白神を受けたんだ。
高校デビューっての?」
「いや、それはちょっと違うだろ…。」
「違わないよ、実際今すっごい楽しいもん。」
そう言う表情は遠巻きから見てもすごく嬉しそうだった。
「そっか。
まぁ、お前がまだ周りに黙っていたいってんなら俺も誰にも言わない。」
「ん、ありがとう。
これはさ、私がちゃんと自分で言わなきゃいけない事だから。
その内、気が向いたら自分で言う。」
「そっか、それが良い。」
まぁ、この話の落としどころはこんなところで良いだろう。
突き詰めれば不満もあるにはあるがな。
ハ○ゲンダッツとかハ○ゲンダッツとか、それはまた別の世界線でたっぷり文句を言ってやれば良い。
なんてメタな事を考えていると、木葉が思い出したように口を開く。
「それよりそうやって寝転がってるのって凪っちとの電話が原因なの?」
「うっ…ま、まぁな。」
「気持ちは分からなくもないけど…あからさますぎて割と痛い。」
「さっきからちょいちょい辛辣すぎない!?」
「凪っち、キリキリと話した後ちょっと元気になったみたいだった。」
「…あれで…か?」
まぁ確かにあの直後と比べれば喋れるようになってたけど…最後気まずかったしなぁ…。
「元気になった方だよ?
電話の時キリキリと話してて笑ってたじゃん。私が話した時には全く笑ってなかったのにさ、やっぱキリキリはすごいよ。」
「いや、そんな…。」
実際それだけだ。
それだけで何も出来てないしどうしたら良いのかも分からない。
「っと、そろそろ行かなきゃだ。」
「あ、おう。」
「別にさ、キリキリ一人で全部やろうとか考えようとしなくても良いんじゃない?」
「いや、別にそんなつもりじゃ…。」
「だからさ、たまにはそうやって寝転がってれば良いと思うよ。」
言いながら背を向けフリフリと手を振る木葉。
「むーん…。」
唸りながらもう一度寝転がる。
「なんだよ、ここまで付き合っといて結局走ってんじゃねぇか。」
少し離れた辺りで慌ただしく姿を消していく木葉を目で見送りながら小さくぼやく。
あいつがこれからどうしていくのか、どうなっていくのかは分からない。
勿論凪と同じ運命を辿っていた可能性もある。自殺して、生まれ変わってから忙しいながらも幸せそうに毎日を過ごしていた凪、そして、裏ではこうして辛い現実と今も向き合いながら、それでも楽しそうに毎日を過ごす木葉。
そのどちらが正しくて、間違っているかなんて多分単純に決めて良いものじゃない。
木葉は今すごく楽しいと言った。
そして凪だって。
ならその幸せな時間を守ってやりたい。
出来る事は少ないかもしれない。
でも出来ることだってある。
「よっし、やるか。」
勢いよく起き上がり、そして座る。
生前の凪には、今の俺達のような存在は全く居なかったんだろうか。
ボンヤリと川を眺めていると、向こう岸に小学校低学年くらいの子供達が集まってきて遊んでいるのが見えた。
一目散に川に飛び込むと、すぐに楽しそうに遊び始める。
そんな様を見ていて思う。
生前の凪にはこんな時間があったのだろうか。今だってあんな態度なのに、生前の凪に対してだって厳しく自由だって与えなかったのかもしれない。
「やっぱ…そう言う事、なのかな。」
だとしたらすごく悲しい。
所詮俺の勝手な邪推でしかないとしても。
木葉の言う普通の毎日を普通に、沢山の仲間や友達に囲まれて生きてきた。
もしその中から一つでも欠けていたら今はなかった。
そう思うからこそ、もしそれが全部無い人生だったらどうなっていたか。
考えるのも怖い。
「今、俺幸せなんだよな。」
そうつぶやきつつも、その言葉がまるで誰かの人生を比べてカテゴライズしているみたいで嫌だった。
正解も間違いもないものだと思ったばかりなのに。
「幸せって…なんで平等じゃないんだよ…?」
そんな不満が口を衝く。
そしてそれもそうじゃない誰かを見下している用で嫌だった。
「そうだね、平等だったら良かったのかもしれないね。」
「はへっ…!?」
急に背後から声をかけられ、変な声が出る。「あぁ、急にごめんね。
昼間から河原で黄昏れている高校生が絵になっていたからさ。」
振り向くと爽やかな笑顔で笑う好青年が立っていた。
「は、はぁ…。」
急に声をかけられて未だ戸惑っている俺に構わず、その人は俺の横に腰を下ろす。
「挨拶が遅れたね。
僕の名前は天草浮葉。
すぐそこの花屋でアルバイトをしている。
君は?」
「あ、えっと、海真桐人です。」
「桐人君か。
以前、この場所で今の君と同じ悩みを抱えた女性と出会ったよ。」
「え…。」
「彼女を初めて見た時は心も体も疲れきっているように見えた。
それこそ風前の灯火。
少し強い風が吹けば、消えてしまいそうなほど。」
「だから幸せが皆平等だったら良いのに、って?」
「そうだと思う。
それから彼女とはこの場所で何度か会って色んな話をしたがある日突然彼女は姿を表さなくなった。
今はどこで何をしているのかも分からない。
残念ながらね。」
「そうなんですか…。」
「桐人君、と言ったね。
確かに人が言う幸せと言うのはいつだって誰しも平等じゃない。
でもでももし幸せと言うものがそうやって作られる一つのカテゴリーでしかないのなら、それに該当しない人間は全て間違いであり悪である。」
「じゃぁ…最初から間違いは正解にはなれないのか?」
「僕はそう思わない。
幸せはいつも自分の心が決める、有名な詩人の言葉だ。
幸せと言うのは羨む物でも比べる物でもない。それぞれの人生で見つけていく物なんだと思うよ。」
「それぞれの人生で、か…。」
「彼女には夢があった。
花が好きな彼女は花屋の店員になる事を強く望んでいた。
僕が花の話をすると、いつも嬉しそうに聞いてくれていた。彼女にとって自然や花、植物について考える時間は、間違いなく幸せと呼べる時間だったんだ。」
「でもならなんで彼女は最初そんな疲れた顔をしていたんでしょうか…?」
「それこそ彼女が今の君と同じ事を思った理由に繋がるのさ。
彼女は生まれつき自由が無かったんだよ。
当然彼女が願う夢も許されてなどいなかった。」
「っ…!?」
同じだと思った。
彼が話している人物と、凪の姿が。
「まさか、な。」
「どうかしたかい?」
「あ、いえ…なんか…話聞いてて似てるなって思って。」
「似てる?君がかい?」
「いえ、実は…」
正直今初めて会ったばかりの人に話すような話じゃないと思った。
簡単に理解してもらえるような話じゃないとも。
でも話してみて他人のように思えなかったから。
そして一番はこの胸の内を、誰かに打ち明けたくて溜まらなかったから。
要点だけかいつまんでこれまでに経緯を浮葉さんに説明する。
その間浮葉さんは時折考え込む素振りを見せながらも黙って俺の話を聞いていた。
そして話が終わると、浮葉さんは深くため息を吐く。
「いや、驚いたな。
君が言う彼女は一度自殺していて、その時の記憶を失った状態で死神神社の巫女として生きている、でもその記憶が彼女の父親との急な再会によって戻りつつある、と。」
「はい、ちょっと現実味が無い話だとは思いますけど…。」
「うん、にわかに信じがたい話ではある。
でもこんな作り込まれた嘘をわざわざ話しているとも思えない。」
「まぁ…そこまで想像力とか無いんで。」
「とにかく、確かに話を聞いていると僕の知る彼女と君が話した彼女は確かに似ている。」
「僕が知る彼女の父親も、彼女の事をただの道具としか思っていなかった。」
「大病院の跡取りにするための?」
「っ…!そんな所まで同じとは…。」
「じゃぁ…やっぱり…。」
「おそらくね…。
僕が知る彼女の名前は川崎総合病院の一人娘、川崎凪だ。」
「やっぱり…。」
全てが、繋がった。
浮葉さんが話していた人物は凪だった。
結果として話している人物は同じ筈なのに、全く別の人のように思えてしまうのは、彼女が死神神社の巫女であるが故の事だろう。
実際同じ人間であったとしても、彼女は記憶を失う事で全く違う人間として人生を生きようとしていた。
時折以前の記憶や行動が顔を見せる場面もあれど、何気ない日常を医院長の一人息子ではなく死神神社の巫女として生きていた。
それが今、同化しつつある。
記憶が消えていると言う現実逃避の壁が、粉々に砕け散りそうになっている。
「しかし…そうなると状況はかなりまずいね。君も察していると思うけど彼の執念深さは以前の彼女からよく聞いている。」
「そうだろうな…。」
と、その時。
ポケットに入れていたスマホが振動する。
「あ、すいません…ちょっと電話が…。」
「あぁ、気にしないで良いよ。」
浮葉さんにお辞儀して、電話に出る。
「桐人さん、大変なのです!凪さんが…連れて行かれてしまったのです!」
「なんだって!?」
そう言う声は思わず大きくなる。
それに反応して、浮葉さんも心配そうにこちらの様子を窺っている。
「分かった、すぐ帰る。」
慌てた様子の光の説明によると、それを伝える為にズタボロの雫が今家に来ているのだそうだ。
返事もそこそこに電話を切って、浮葉さんに向き直る。
「どうかしたのかい?」
「凪が連れて行かれたらしいんです…。
今、同じ巫女の子がそれを伝えるために家に来てるらしくて、浮葉さん、一緒に来てくれませんか?」
「うん、勿論。」
二つ返事で了承をもらい、足早に帰路につく。「桐人さん!お帰りなさいです。」
慌ただしく光が出迎えてくれる。
そして一方の雫はと言うと、リビングで母さんに手当をしてもらっているところだった。
俺が入るなり、母さんは鋭い目つきで睨んでくる。
「桐人…あんたって子は…こんな幼い子の知り合いがまだいてこんな怪我までさせるなんて…。」
目だけで人を固まらせるってあなたゴーゴンか何かですか…。
「いや、ちげーからな!?
それより今はそれどころじゃないんだよ!そいつと俺の部屋で話をさせてくれ!」
「あんた光ちゃんだけで飽き足らず何考えてるのよ!?」
「何も考えてねぇよ!?それに光とだって何でもねーし!」
「今のは桐人さんの説明の仕方にも問題があると思うのですー。」
「うっ…。」
「お母さまー今は少し緊急事態なのです。
説明はまた後ほど改めてしますので彼女と話させてあげてくださいー。」
「ま、まぁ光ちゃんが言うなら。」
うぅわちょっろwww
「でもこの子をまた危険な目に遭わせたりしたら…。」
「いや、だからしねぇって…。」
「大丈夫ですよ。
私が保証しますです。」
そう、にこりと光が笑う。
「まぁ、光ちゃんが言うなら…。」
もう実の息子と光の扱いの差が雲泥の差なのは諦めよう、クスン。
そして、雫を連れて俺の部屋に向かっている最中、光が思い出したように呟いた。
「ところで桐人さん、そちらの方はどなたですか?」
ここでやっと浮葉さんの存在に光が気付く。「いや、おっそ…。
えっと、この人はさっきたまたま知り合った浮葉さん。
どうやら生前の凪と関わりがあったらしくて、一緒に来てもらったんだ。」
「ふむふむ、なるほどですね。
申し遅れました、私光って言います、桐人さんの若妻です、にこ♡。」
「おぉぉぉぉい!?さっきの流れの後で何問題あり過ぎて現状を忘れそうになる爆弾発言しちゃってんだよ!しかもにこ♡とかハートまでわざわざ口で言ってあざとさ出しやがってからに!浮葉さんもちょっと退いてるじゃないか!いや違いますからね!?ただの同居人ですから!」
流れるように必死の弁明。
雫も冷めた目でこっち見てるし!
「口で言った方が可愛いって木葉さんが言ってましたよ?」
「またあいつかよ!?いや、そんな気はしてたけど!」
「それに桐人さんには責任をとってもらわないといけませんから。
私に…痛い事をしたんですから。」
「デコピンな!!
って、そんな事言ってる場合じゃない雫、どうしたんだよ、その顔。」
「見ての通りなの。
止めようとしたら殴られたの。」
「殴られたって…茜は?」
「茜は天界に行ってて居なかったの。
だから私しか凪を守れなかったの。」
「だからってお前なら…。」
そう言いかけたところで、雫が深いため息を吐く。
「お前が言ったの。
普通の人間に力は使うなって。」
「っ…!お前、それで…。」
「本当はあんな奴ら氷付けにしてでも止めてやりたかったの。
もう凪があんな風に怯えてる姿なんて見たくなかったの。
でもそしたらあいつらに殴られたの。
それを見た凪が、ついて行くからもう止めてって言って…そのまま…」
今にも泣き出しそうな雫の目を見て、胸が痛んだ。
こいつはその思いを抑えて、俺の言葉に従いながら精一杯凪を守ろうとしていたのか。
それもたった一人で。
「俺、行かなきゃ。」
冗談じゃない。
大切な物を守る力を持った俺がその場にいなかった間、こんな小さなヒーローが必死にそれをしようと頑張ったんだ。
それなのにこのまま何もしないなんて出来るわけがないだろ!
「うん、行こう、一緒に。」
それに浮葉さんも続く。
「絶対にあいつを連れて帰ってくる。」
「分かりました。
なら私は雫ちゃんとここで待っているのです。」
「そんな、私も…!」
ついてこようとする雫の手を光が止める。
「信じましょう、お二人を。」
「お二人…?」
それに仕方なく動きを止め、雫は気になった事を聞いてくる。
「ふふふ。」
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