雫編前編

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3  桐人達が神社の掃除をしている頃。 死神神社のリーダーである茜は、定期的にある死神からの呼び出しで天界へと赴いていた。死神の部屋の扉を開いて挨拶代わりにため息を吐くと、死神は気さくに笑って出迎える。 「やぁ、相変わらずの挨拶だね。」 「あなたにはこんな物が挨拶に見えるのかしら…? それよりも早く本題に入って欲しいのだけれど…。」 本意を言えばこんな所には一秒だって居たいと思わない。 こんな場所で無為な時間を過ごすくらいならいつものように濡れ縁に腰掛けて粗茶を飲んでいる時間の方が私にとっては有意義な時間なのだ。 「ははは、本当に相変わらずだね。 まぁ良いや。 君達三人の様子はあれからどうだい?」 「わざわざ天界にまで呼び出して何の用かと思っていたら…。」 またため息が出る。 「別に…そんな事は私が言うまでもないでしょう…。 あなたはいつでもこの場に居ながら私達の様子を見る事が出来るのだから。 もしそれ以外用事がないのなら…。」 そう言って部屋を出ようとすると肩を掴まれる。 「まぁ待ちなって。 確かに、君達の事はいつでも見れるし実際に見ているけどね。 ただそれによって得られる情報はあくまでも僕自身の主観だ。 一緒に生活しているリーダーである君から見て二人がどうなのか、君自身が、君自身の状況をどう思っているのかを聞きたいのさ。」 「よく分からないわ…。 そのリーダーと言うのも不名誉な肩書きね。 そう言う役割なら私よりも凪の方が適任だと思うのだけれど。 どちらにせよ、私がどう解釈してどう行動しようが答えも現実も一つでしょう? どこかの元高校生探偵も言ってるわ…。」 「いや…君が何故それを知ってるのか分からないし、その少年探偵は現実まで一つとは言ってないと思うけど…。 いや、それに僕だって常に君達の事を見ている訳じゃない。 他にも仕事があるし、君達にもプライバシーがあるしね。」 「まぁそうね。 場合によってはその目に穴が開くことになりかねないわね。」 「おぉ怖い怖い…。 そう言う訳だから僕だけの解釈だけじゃ心許ないと言う訳さ。 そう邪険にしないで君の意見を聞かせてくれよ。」 それに返事の代わりにため息で返す。 こう言う流れはとても面倒だ。 こちらが折れるまで延々と食い下がってくるのだ。 そしてそうすれば私がため息を吐きながら渋々口を開くだろう事も恐らく死神には、見透かされているのだろう。 「別に…変わらずよ。 ただ現状維持を続けているだけ。 元々自分が生き残る事以外に興味が無いのに他の存在に一々注意なんて向けていないわ…。」 相変わらず気が乗らないもののこのまま水掛け論を延々と続けるのも不毛だし面倒だ。渋々事実をそのまま伝える。 「本当に相変わらずみたいだね…。 でも君とて雨からもう聞いているんだろう? 彼女の事を。」 一応求められた答えを述べたと言うのに頭を抱えながら死神はそう言ってくる。 「確かに聞いたわね…。 でも別に興味はないわ。 彼女がどうなろうが私には関係の無いことだもの。」 思わず私までため息が出る。 「やれやれ…。 本当に無関心なんだね。 一応は同居人なんだしさ、ちょっとは興味持ちなよ…。」 「何度も同じ事を言わせないでもらえるかしら…。 私にそんな物を求めるのがそもそも間違いだと思うのだけれど…。」 「まぁいいや…なら彼女の事については何もするつもりはないと言う事だね?」 「別に…私が何かをする必要は無いでしょう…?興味の無い話だし、雨が言うには彼女もそれに満足したように笑って消えていくそうじゃない。 いずれ消えるしかない私達にとってこの上ない結末だと思うのだけれど。」 「そう…かもね。」 引き続き事実を述べると死神はしばし考え込む仕草を見せる。 「質問は終わりかしら?」 「あぁ、引き留めて悪かったね。」 吐き捨てるように問うと、今度は渋る様子も無く素直に目で出口へと促してくる。 こちらとしてはありがたい事だから足早にその場を去った。 そんな茜を見送りながら、死神はいまだ考え込んでいた。 「救いようが無いわね。 まともに話も出来ていないじゃない。」 そのまま思考を進めていると背後から声をかけられる。 一応立場上では部下と言うポジションなのだが一切遠慮なしにため口で話しかけてくるこの女性の名前はリオ。 薄ピンク色に染めた髪を上側にお団子でまとめた髪型ゴスロリと言う感じの胸元に編み目が入った少しセクシーな白のワンピースが彼女の基本スタイル。 立場的に言えば下界の仕事で言うところの秘書と言うポジションに位置してはいる。 いるのだが…。 「あー喉渇いた。 お茶ないの?」 これである。 むしろ僕の方がパシられてるような気さえする程にぞんざいな扱いがデフォの大変優秀な秘書である。 言いつつ自分で用意する気は全くなく、こうして話しかけてきた事も暇つぶしとばかりに近くのソファーに腰を落とし、早速だらけている。 本当に秘書の鏡だ。 異論は認めない。 ひとまず仕方なくお茶を入れてやるとめんどくさそうにまた声をかけてくる。 「あんたも大概物好きよね。」 しまいには上司をあんた呼ばわりする礼儀正しさ。 賞賛に値する。 まぁ値してもしないけど。 「一度自殺した人間をまた生き返らせたって同じ事じゃない。 それに何?あの態度。 全く話にもなってない。 よくあんなのの相手が出来るわよね。」 「まぁ…そうだね…。」 今自分がしようとしている事は、言ってしまえば無駄な事かもしれない。 仮にそれが上手く行ったとして、ただの自己満足でしかないのかもしれない。 「そこは認めるのね…。」 呆れられてしまった。 実際最初は僕も彼女と同じ考えだったのだ。 そもそも、これまで沢山の命を仕事として選別してきたのだ。 そこに同情等と言う感情が生まれる筈もなければ、こうも一人の人間の生死に興味を持つ事もなかった。 そんな物は僕にとって仕事の為に必要なデータの一つでしかない。 なかったのだが。 ある日いつものように仕事をしていると、一人の少女が僕のもとに詰め寄ってきた。 その際必死に何かを伝えようとして口をパクパクさせている。 どうやら喋る事が出来ないらしい。 それでも必死に何かを伝えようとする姿からは、彼女の必死さと伝えようとしている事の重大さが伝わってくる。 仕方なく一時的に喋れるようにしてやると彼女の口からおそらく初めてであろう声が発せられた。 「彼女を救いたいんです!その為なら何でもします!」 一瞬自分が喋れるようになった事に戸惑いと驚きの表情を見せた物の、すぐにそのまま伝えてくる。 「君はその人を救う為なら地獄に落ちる事も厭わないのかい? 普通の人間ならまず生前どんな悪事を働いていても地獄になんか落ちたくないと必死にしがみついて泣きながら願う物だけど。」 「構わない。 彼女が助かるなら私はどうなっても良い。 その為に私は自分で自分を捨てる事を選んだのだから。」 「ふむ。 僕にそれを頼むと言う事は、君が救いたいその人は既に亡くなっているのだろう? 君の望みは彼女を生き返らせる事と言う事だよね?」 そう問うと、少女は小さく頷く。 「分かってると思うけど一度死んだ人間を生き返らせると言う事は簡単な事じゃないし本来許される事でもない。 改めてそう言われてもその意思は変わらないのかい?」 「覚悟は出来ています。」 「…本当に分かっているのかい…? 仮に僕が君の大切な人の命を生き返らせたとして一度自殺したのならまたそのまま自殺する可能性が高い。 まして君が彼女を救うが為に犠牲になったと知ればそれも原因になり得る。 自殺した人間を生き返らせる事は普通の人間を生き返らせる事よりも一筋縄じゃ行かない事なんだよ?」 そう念を押すと流石に彼女は黙った。 彼女が持ち得る情報でならこれ以上の事は言えないだろう。 そして僕もそれを分かった上で念を押したのだ。 彼女の意思の強さを試す為に。 結論から言えば彼女の意思は本物だった。 正論を突きつけられてなお彼女の意思は揺らぐ気配を見せず、今も必死に頭の中で言い返す言葉を探して苦悶の表情を浮かべている。 もとよりここで諦めたところで彼女に後はない。 そして彼女もそれを理解し、覚悟の上でこの場に来たのだ。 自らを捨ててまで。 「君の意思は分かった。 その意思を聞き入れて彼女と君を今すぐ元の姿で転生させよう。」 僕がそう言うと彼女の表情が先ほどから一転して晴れやかな物に変わる。 「ただし。」 それを切り捨てるように、僕はそう言葉を続ける。 それに彼女は一度肩を震わせた物の、黙って次の言葉を待つ。 「最初に言ったように一度死んだ人間を再び生き返らせると言う行為は本来許される事じゃない。 だからその為に相応のリスクを背負ってもらう。」 「リスク?」 「まず一つ。 彼女の生前の記憶は全て消させてもらう。 まぁこれはリスクと言うよりは言わば応急処置のような物だろう。 僕としてもせっかく生き返らせた人間がすぐにまた死んだとなってはただの力の使い損だからね。」 「それでも良い。」 「そうか…。」 仮に助かったとして助かったその人は自分の事を知らない。 出会った経緯も一緒に過ごした思い出も全部消えてしまう。 そして何より、それ程までに彼女が救いたいと思うに至った経緯も全部無かった事になると言うのに。 一体何が彼女をそこまで奮い立たせるのだろう。 こうして話している間も、小刻みに震えていると言うのに。 「リスクはそれだけじゃない。 もし彼女がもう一度自殺する事が あれば、彼女の存在そのものが無かった事になる。」 「っ……!?」 ここで彼女は初めて激しい動揺を見せた。 自分にとって大きな存在の命が無かった事になる。 それは人間にとって大きな影響を与えるものだ。 人間と言うのはいくつかの偶然のきっかけで人格を構成していく生き物でそれが一つでも欠けたり別の物にすり替わってしまえばそれだけで別人のように変わってしまう。 当然こうして僕の元に来た彼女もいなくなり、僕力を使って生き返らせた事実も消える。 いや、その時はまた別の人間を救う為に僕と元に現れているのだろうか。 あるいは心の支えを得られずもっと早く死を選びそのまま天国か地獄のいずれかに落ちていたのかそれとも何の気無しに変わらずそれなりの毎日を過ごしていたのだろうか。 どちらにしろ、今の彼女がした事も僕が手を貸した事も結局ただの徒労に終わる。 「まぁでも僕もそこまで鬼じゃない。 君がその人を救うために必要な物は全て与えよう。 それを生かすも殺すも君次第。 実際事はそう単純じゃない。 その力があっても確実にその人を救える保証は無い。 君の意思が本物ならそれを証明して見せてくれ。」 「分かった。」 僕の提案に彼女は弱々しく頷く。 そうして彼女は雨として生まれ変わり、茜を救う為に今も自分を捨てて日々策を練り続けている。その先に見える未来が依然変わらず、その事実を何度突きつけられても弱音一つ吐かずたった一人で。 そんな彼女が彼と出会ったのはきっと幸運な事だろう。 彼の存在もまた、茜を救う上で重要な役割を持った存在なのだから。 僕が與達からは彼だけの力で茜を救える物ではない。 だからこそ彼の力も必要になる訳だが、どうにも彼女達には協力して何かをすると言う行為が難しいようで…。 元々自分でどうにかしようとしている雨、最初から自分しか信じていない茜。 そしてそんな二人と分かっていても見放さず土足で踏み込む彼が加わり、そこに仲間達が加わり。 彼らと関わって雨や茜が受けた影響はそれなりにあったように思うのだが…。 性格がきついのはどうにもならないな…。 頭の中で回想してため息を吐きながらリオに向き直る。 「最初は興味無かったんだけどね。 無駄かもしれない。 でも彼女達の行く末に少し興味が湧いたんだ。「ふーん。」 やはり興味なさそうにそう返す。 かと思えばそれ以上話を聞く意思が全くない事を態度で示すかのようにそっぽを向いてそのまま手近なソファーに倒れ込んで煎餅をボリボリと囓り始め、完全にテレビに意識を向けてしまう。 本当有能な部下だなぁ…。 ぼやきながらも窓から下界に降りていく茜を目で見送る。 彼女がたどる未来が、いや彼女達が辿る未来が今後どうなるのかは分からない。 でも今は静かに見守ろう。 必要な物はもうすべて揃っている。 後は彼女が、いや彼らがそれをどう上手く動かしていくかだ。 そうして天界を後にし、足早に下界に戻った茜は天界に向かった時以上にうんざりする事となる。 「あ、茜っちだ~!やっほ~!」 「茜さんですー!こんにちはですー!」 帰ってきたばかりの茜に、モップをくるくる回してサボっていた木葉と率先して真面目に掃除をしていた光がそれぞれ元気よく声をかける。 それに茜は精一杯の深いため息で返した。 「あなた達…どうしてここに居るのかしら…。」 「相変わらず随分な挨拶だな…。」 その様子を見ていた俺がそれに精一杯の皮肉で返す。 すると茜は更に深いため息で返した 「あなた達はどうしてこんな物が挨拶だと思うのかしら…? よほどこれまでひどい挨拶を受けてきて感性が歪んでしまったようね…。 まぁもっともこんな場所に好き好んで遊びに来るような感性の人間がまともな人間である筈がないのだろうけれど…。」 もうやめて!俺の精神のライフポイントはもうゼロよ! ただ言った事を否定するだけじゃなく人格否定までして追い打ちまでかけてくるんだもんなぁ…。 「別に今日は遊びに来た訳じゃねぇって。 雫が凪の手伝いがしたいって言うから手伝ってんだよ。」 俺がそう言い返すと、茜は鼻で笑うようにまたため息。 「それだって後付けの理由でしょう…。 ここに来た本来の理由ではないわ…。 生憎ここは高い位置にありはしても呑気に物見遊山をする為のスポットではないわよ…? それとも歪んだ性格のあなたならそれも一つの嗜好と言う事になるのかしら…。」 「んな訳あるか…。 それに勝手に俺が変人だって事前提で話を進めてんじゃねぇよ。」 「あら…私は事実を前提に話を進めているつもりだったのだけれど…。 哀れね…。 既に自覚が無くなるほど毒されていたなんて…。 これ以上は何も言わないでおいてあげるわ…。」 おい馬鹿やめろ!もうライフポイントゼロ吹っ切ってマイナス一直線だぞwwそろそろ泣くぞww 「いや…まぁ確かに普通ではないかな~…。」 ここでその顛末を見ていた木葉が呆れたように言ってくる。 お前まで言うか…。 て言うかお前にだけは絶対言われたくねぇww そう内心でぼやくも木葉はどうせ分かっているのだろうに気にも止めずに相変わらずモップをくるくる回しながら茜の方に目を向ける。その様はさも掃除をさぼる口実が出来たと喜ぶ悪ガキだ。 「それにしても珍しいね~。 茜っちお出かけ~?」 「だから…その変なあだ名呼びはやめなさいと言ったでしょう…。 それに彼と違って物好きな物見遊山をしに出かけていた訳じゃないわ…。」 「だからお前は…。」 おっと…もう何も言うまい…。 これ以上自分で自分の傷を抉るまい…。 「あら…賢明ね…もっとも最初からそうしていればあなたのひ弱なライフポイントとやらを早々に使い果たす事も無かったのでしょうけど…。」 「そんな事まで分かってやがったのか…。」 くそう…こいつ嫌い…。 「当然でしょう…。 別に知りたくもないのに分かってしまうのだから…。」 「あぁそうだろうよ…。」 「茜ちゃんは死神様の所に行ってたのですー。」 それに光が真面目に掃除しながら茜の代わりに答える。 「茜ちゃんは死神神社の巫女のリーダーですから定期的に死神様とお話をする為に天界に足を運んでいるのですー。」 「えぇ…とても不本意な事だけれど…。 こうしてあなた達が居座っているのが分かっていたならまだ天界で死神に話を聞かれていた方が良かったのかもしれないわね…。」 言いながら頭を抱え、盛大にため息を吐く茜。ほんっとため息が似合う奴だよなぁ…。 そう言思っていると、また茜はため息を吐く。「別に好きでしている訳じゃないわ…。 あなた達がさせているのでしょう…。」 いや…もしそれを本当に好きでしてるってんなら相当タチ悪いぞ…性格悪過ぎだろう…。「それよりも…随分呑気なのね…? 雨から話を聞いているのでしょう?」 「やっぱりお前も知ってたのか。」 「はにゃ?何の話?」 「その話を聞いてどうするかはあなたの自由だけれど…。 どうやらあなたは深く関わった存在の運命を大きく左右させる存在のようね…。 あなたが今後どうするかで誰かの運命が大きく変わると言うのを覚えておく事ね…。」 「え?え?」 一人頭の上で?マークを浮かべる木葉に律儀に説明などするはずも無く、茜はそれだけ言うとさっさと神社の奥へと消えてしまった。 「茜ちゃん優しいのですー。」 一方の光はそんな耳を疑うような妄言を吐いてニコニコと笑みを浮かべている。 「お前にはあれがそう見えるのか…?」 「桐人さんにはそう見えないですか?」 やめて?そんな言い方されると本当に俺がおかしいみたいになるでしょ? 「桐人さんが茜さんをなんだかんだ憎みきれずにいる理由はその辺りにあるのではないですか?」 「うっ…。」 「今のは茜ちゃんなりに二人…いえあなた自身を含め関わる事で大きな影響を受けるであろう存在に対しての気遣いだったのではないでしょうか? まぁこれは本人に言っても絶対に認めはしないと思いますけど。」 変わらずニコニコとした表情でそんな事を言う。 光が茜にどんな印象を持っているのかは知らない。 でも仲良くなりたいと思っているのは分かるし、そう思えるのは多分そう言う一面も知ってるからだろう。 実際俺もそう言う茜の部分に興味が湧いたからこそと言うのはある。 だから茜と仲良くなりたいかと言われるとそう言う気持ちが全くない訳ではない。 まぁ急に極端にデレられるとキャラ崩壊どころの騒ぎじゃないし全力で寒気を覚える事間違いなしだ。 今朝ここに来て茜が居なかった時以上、もしかしたら、いや、間違いなく俺の人生でこれ以上ないかなと思えるほどの出来事だ。 それが原因で世界が滅ぶ危険すらある。 あぁ恐ろしや…。 「いや…全然よく分からないけどキリキリ失礼過ぎない…?」 だからなんで分かるんだよ…。 「ふふふ、桐人さんも一緒なのですー。」 「それはどう言う意味だ…?」 「えへへー秘密なのですー。」 あ…笑ってごまかしやがった…。 「それより何の話? キリキリが魔性の男って言うのはなんとなく流れで察したけど。」 「おいこら。」 「はいそうですねー。」 おいこら良い笑顔でお前まで同意するんじゃない。 そして木葉、お前もそれを聞いて露骨に顔をしかめるんじゃない。 「実際桐人さんは茜さん含めたくさんの今後の運命を左右する可能性を秘めています。 それには茜ちゃん本人だけじゃなく雨ちゃん や死神様も気付いていますし気付いた上で少なからず期待をしていると思います。 少なくとも私はそうです。」 「それはとりあえず茜っちの話でなんとなく分かったよ。 じゃあさ、今現時点で茜っち以外で消える可能性がある人がいるって事?」 「端的に言えばそうですね。」 そう聞く木葉の口調もそれに返す光の口調もいつもと違って真面目な雰囲気で語尾の伸ばしはない。 二人がそう言った場面できちんと切り替えが出来ると言うのを知ったのは最近の事だ。 「端的に言えば?」 とりあえず、気になった事を聞いてみる。 「はい、現時点でその可能性が高くなりつつあるのは一人です。 ですが、茜ちゃんにしろ、凪さんもそう。 そうして今可能性が高くなりつつある雫ちゃんもその枠組みに入っています。」 「え!?雫っちが!?」 光の言葉を聞いて、驚く木葉の声は自然に大きくなる。 「おい…声が!」 それを慌てて窘めるも、光の発言には俺自身も驚きを感じ、同時にどこかやっぱりかと言う最初から分かっていた感じも湧いてきていた。 「え…あ、ごめん。」 窘められた木葉は素直に謝る。 「ん?呼んだの?」 でも当然その窘めが間に合う筈がなく、その声に気付いた雫が歩み寄ってきた。 「え、えっと…。」 それに気まずそうに視線をさまよわせる木葉。「雫ちゃんが良い子だと褒めていたのですー。」 そこに光がニコニコと一切動揺を見せずに助け船(?)を出す。 「そうなの…?」 分かり易く冷や汗をだらだら垂らす木葉を怪訝な表情で眺めながら疑いの声を漏らす。 「雫ちゃんは良い子なのです!偉い偉いですー。」 それに光はそのまま一切表情を崩さずニコニコと返しながら雫の頭をよしよしと撫でる。「こっ子供扱いするななの!」 顔を真っ赤にしながら文句を言ってるが、大して抵抗せずにそれに身を任せる雫。 そう言うところがまた子供っぽいんだよなぁ…。 「ま、まぁ油揚げ売ってないでちゃんと掃除するの!」 照れくさそうに、でも満足そうにちゃっかり意図的ともとれる言い間違いもしながら逃げるようにその場を離れる雫。 「おい…良いのかよ?」 「嘘は吐いてないのですー。」 「いや…それが嘘だろう…。」 「桐人さん、そして木葉さんが雫ちゃんが消える運命にある事を信じれないのはどうしてですか?」 「「どうしてって…。」」 聞かれて木葉と二人して顔を見合わせる。 「いつもお世話になっている凪さんにお礼がしたいと思える良い子だからですか?」 「いや…まぁそれもあるけど…。」 「それもあるのなら褒めていたと言うのもあながち嘘ではないと思いませんか?」 「まぁ…そう言う意味でなら…。 でもよ、俺達が言いたいのはもっと根本的なとこと言うか…。」 「うん…やっぱ私には信じられないよ…雫っちまだあんな小さいしあんな純粋で良い子なのに…。 そんな雫っちが一度自殺してるって事もまた消えるって事も私には信じられないし信じたくない…。」 そう言う木葉の表情はとても心苦しそうに見える。 それに関しては俺も思っていた事だし、言われて俺も心苦しくなる。 「お二人の気持ちは分かります。 ですが実際死神様の元にやってくる魂の中には雫ちゃんと同じくらいまたはそれよりも下の年齢の魂も多く存在します。 望まれず生まれ、無責任な親に捨てられ虐待された子供も居る。 異常者に襲われて命を落とす子供も居ます。くの場合は大人と定義されている筈の人間達の勝手さ故に亡くなった子供がほとんどです。正直雫ちゃんのように自ら死を選んでと言うのは彼女ぐらいの年齢では珍しいとも言えます。」 「どっちにしろやりきれねぇよ…。」 実際ニュースや新聞で幼くして命を落として被害者になってしまった子供達の話は度々報じられている。 それ事態はどこか他人行儀に見てたかもしれない。 現実味が無かったからと言うのもある。 日向誠のニュースもそうだが、自分には遠い話とどこかで思ってるからなのかもしれない。でもこうして雫と出会い、光からその事実を告げられて段々現実味が湧いてくると、ただただやりきれない思いだけが残った。 「残酷ではありますが生き物である以上死は必然です。 それは本人の意思とはかけ離れていようとも突然やってくる物であり、本人の意思で一瞬で終わらせる事が出来る物でもあります。」 「だからって…。」 理屈としてはそうだと言うのは分かってる。 でもだから納得出来る訳じゃない。 「実際救う事が出来たであろう命もあったかもしれません。 死神様がこうして彼女達の魂をこう言った形で生まれ変わらせたのもそんなやりきれなさからなのかもしれませんね。」 「なるほど。」 流石に全てを救おうとして出来るとは思わない。 でもこうして出会えた彼女を、いや、彼女達の事は守りたいと思う。 形としては特殊だ。 実際彼女達とこうして出会えたのは、彼女達が生前自殺したからだ。 だから今度こそは、と言う思いもある。 それは超が付くほど捻くれ者で、見た目は美人なのに可愛げもくそもないあいつに対しても感じている事だ。 もしかしたらあの捻くれた性格だってそうして生まれ変われる過程の中で生まれた物なのかもしれない。 いや…これはそうであってほしいと言う願いもあるけども…。 「キリキリ、なんか…ドンマイ。」 やめてwwその同情の眼差し辛いww 「話を戻しますね。 彼女達が生前自殺していて、生前の記憶を全て失った状態で元の姿のまま転生していると言うのは以前も話したと思いますが、一度自殺して記憶を失った人間が再びその時の記憶を思い出したらどうなるか、と言うのも以前もお聞きしたのでもう分かりますね?」 そう聞かれて木葉と同時に小さく頷く。 「だから現時点でいずれかの確率が限りなく高くてもその状況は一瞬で好転もすれば更に暗転する事もあり、確率が高い人が変わる事もあれば同時に確率が増減する事もある。 それだけ彼女達の運命は不安定なのです。 そして桐人さん。 あなたの存在はそれを安定させる薬にも悪化させる毒にもなるのです。」 「なるほど…。」 さっきはふざけて返した木葉も、流石にこれには真剣な表情で返す。 「なぁ光、実はさっきまたくそ生意気な占い師からお達しがあったんだが。」 「ふふふ、やはりその方も気付いて動いていらっしゃるんのですね。」 「くそ生意気な占い師…?」 雨とテレパシーで話している事は光以外は知らないし、説明すると複雑だからあえてぼかして言ったのだが、早速拾われる。 「まぁその辺りの説明は今すると長くなるし面倒だから気にしないでくれ。」 「ふ~ん。」 言われてつまらなそうに頬を膨らませる木葉はとりあえずほっとく。 今は話を進めるのが先だ。 「あいつの話では雫は精一杯の笑顔を向けながら消えていくらしい。 これについてお前はどう思う?」 「精一杯の笑顔で…?」 それに光の代わりに木葉が聞き返してくる。 「あぁ、現時点ではそれが一番起こる可能性が高い未来らしい。」 「そ…そっか…。 う~ん…どう言う事なんだろう?」 「桐人さんはどう思うんですか?」 「いや…実際意味分からねぇよ。 精一杯の笑顔って事はさ、あいつ自身は納得してるって事だろう? 自分が消えるって分かっててそんな表情浮かべられるもんなのかな。」 「まぁ…普通に考えたらよく分からないよね …。 実際消えるって事はさ、私達で言う死ぬ事と同じなんだよね?」 「だよな…。」 「彼女はそれをきちんと分かった上で笑っているのだと思いますよ。 それが最善の選択なのかは私には判断しかねますが。」 「そっか…。」 彼女が納得した上でなら良いのか? いや、なら彼女は何の為に生まれ変わったのか。 仮に彼女が納得していたとしてまだ雫はそんな判断力に優れてない子供だぞ? 光の言う通りそれが最善かどうかなんて分からない。 「確かに最善かは分からない。 だからそれよりもっと良くする為に出来る事をしたい。」 きっとこうして生まれ変わった事には意味がある。 生前自ら死を選んだ彼女が、こうして生まれ変わった事が無駄に終わらないように。 その為に何が出来るかは分からない。 でも少しでも彼女がそうして良かったと思えるように精一杯の事をしたいと思う。 それはきっと無駄になんかならない。 「ふふふ、桐人さんならそう言うと思いました。」 そう言って笑う表情はさっきまでの真面目な表情と違って温かく優しい物だった。 「なぁ光、現時点でどうするべきかお前の意見を聞かせてくれないか?」 「そうですね…。 私が思うに、彼女達が消滅する運命に至る主な原因は生前の記憶が戻る事ではないかと思います。 ですから今後の彼女の動向には充分注意した方が良いでしょう。 現状茜さんと凪さんは自分が置かれている現状を理解していると言えます。 そして凪さんはそれを重く受け止め、恐れてさえいる。 茜さんはそんな感情を捨て、ただ自分が明日も生き延びる事だけを考えている。 対して雫ちゃんは違います。 私が教えた事で自分が普通ではないと言う事は分かったでしょう。 ですが二人と違ってそれをきちんと理屈として理解していない。 彼女には自分が特別であると言う事実しか伝わっていないのです。 そこにどれほどの重みがあるのかなど分からないし、真剣に考えようともしない。」 「だよな…。」 光の話では茜達が生まれ変わった後彼女達に自分がどうして生まれたのかを説明したのは光らしい。 ただいくら光が詳しく説明していたとしても 子供の雫には複雑過ぎるし、どこか他人事のようにさえ思える話だったのだろう。 実際一度自殺したと言う記憶がなければ普通の小学生である彼女にとっては、その事実はあまりにも縁遠い物だ。 「ですが正しく理解していないからこそ良かった事もあります。 そのおかげで彼女は力こそあれどほぼ普通の子供として生きる事が出来ている。」 「まぁ確かに…。」 実際、俺は光の話を聞いて塞ぎ込む凪を見ている。 それは光の言う通り凪が正しく自分の立場を理解しているからに他ならない。 対して雫はどうだ。 与えられた力はまるで親に与えられた玩具の様。 そんな雰囲気を一切感じさせない程いつも無邪気に遊び回ってて、時には大好きなガシャポンをしながら手に汗握ったり。 こうしてみる限りでは、普通の子供となんら変わらないのだ。 「年頃で言えば純粋であり多感で繊細でもありますから二人以上に不安定になり易いと言えます。 ですから彼女に今している話はしない方が良いでしょう。 今以上に彼女が自分自身の現状を認識してしまえばおそらく今の状態を保つ事が出来なくなる。 そうなると凪さん以上に不安定になる事は間違いないですし、それをきっかけに記憶が戻り始めるとも限らない。」 「なるほど…。」 「ですから今日ここで聞いた事はお二人の中だけにとどめて、今後の対策を考えてみてください。 今の段階で私が言えるのはそれだけです。」 「おう、充分だ。」 話を聞いた上でどうすれば良いのか、具体的な方針はまだ決まらない。 とは言え現時点ですぐに出来る事と言えばあいつらの動向を可能な限り注意してみる事ぐらいだろう。 その上でどうするべきかを考えていけば良い。 「あれ?桐人達来てたんだ!」 とりあえずの方針を決めたところで、聞き慣れた声に名前を呼ばれる。 その声に振り向くと、今帰ってきたばかりであろう凪が買い物袋を下げて立っていた。 「あ、凪っち!やっほ~。」 「おう、お疲れ。」 木葉に続いて軽く手を上げ、今日も働いてきたのであろう彼女に労いの言葉をかける。 「ありがと。 どうしたの?皆して集まって。 もしかして掃除してくれてるの?」 「まぁそんなとこだな。」 「ふーん…で、三人はサボってる訳だ。」 「え!そ、そんなことないよ?本当だよ?」 思いっきり冷や汗かいて吹けもしない口笛吹かれてもちっとも説得力ないんだよなぁ…。 「ふふふ、凪さんお二人も一応お掃除していましたよ?」 ちょっと光ちゃん?一応を付けるのもそれを強調するのもやめて? まぁ実際今さっきまでは話てたからサボってた事には変わりないけどもそれまではこいつ(木葉)と違って俺はちゃんと掃除してたからね? 「あはは、冗談だよ。 一応でも嬉しいし助かるよ。 ありがとう。」 そしてその一応をしっかり拾って強調するのもやめていただけませんかね…? などと言う思いをため息で流す。  「なぁ凪。 こうして俺達が掃除してんのはちゃんと理由があるんだぜ。」 「え?」 言われて拍子抜けした表情の凪。 「あ、凪なの!」 と、ここでタイミング良く雫が凪に気付いて歩み寄ってくる。 「あ、雫、ただいま。」 それに凪は笑顔で返す。 「おかえりなさいなの!」 「こうして俺達が掃除してんのはさ、雫がお前の手伝いをしたいって思ってたからなんだ。だからさ、お礼ならまず雫に言ってやってくれよ。」 「え!?そうだったんだ。」 本当に驚いているようだった。 「そ、その…凪には本当にいつも感謝してるの!だから…その…」 一方の雫は照れくさそうに言葉を探しているようだった。 そしてそんな雫を、凪は優しく抱きしめる。 「ありがとう、雫。 偉いじゃん。」 そして、言いながら片手で雫の頭を撫でる。 「うんなの!」 それに雫は精一杯嬉しそうな笑顔を浮かべて身を委ねた。 こうして見ると、ついこないだまで他人だったなんて思えない慣れ親しんだ温かい家族の姿を見ているような気になる。 いや、実際そこに血の繋がりや経緯なんて関係ないのだ。 こんな風に感じた温かさが家族の証なんだと思った。 「あ、せっかくだし晩ご飯食べて行ってよ!お礼に精一杯腕を振るわせてよ。」 変わらず雫を撫でながら、凪が顔だけこちらに向けてから言ってくる。 「え、じゃあ私手伝う!」 それを聞いて木葉は俺の後ろから勢いも元気も良く挙手する。 おかげで前にいた俺は後頭部に強烈な掌底を食らい、元気な大声を耳元で聞かされて大ダメージだこの野郎。 てか絶対わざとだろ…。 「え、悪いね。 お礼でさせてもらってるのに良いの?」 「全然だよ~!むしろさせてほしい! あ、これだけの人数だと買い出しも改めてしなきゃって感じならキリキリも馬車馬のように好きなだけ使ってくれて良いし!」 「おいこら…。 勝手な事嫌がって…。」 いや、まぁ頼まれたら全然やるけどさ…。 「あ、じゃあお願いしようかな。」 こいつも遠慮ないな!? 「じゃあさ、木葉にはこれ任せてて良い?」 「はいよ!任された~。 あ、じゃあ雫っちも一緒にやろ!」 「わ、分かったの!」 奥の方に向かう木葉の後ろから返事の後に雫も続く。 「あ、じゃぁ私も…。」 それにさっきまでずっと真面目に掃除してた千里が箒を立てかけてから返す。 「あ、良いよ!千里っちはそのまま掃除してて! またちゃんと教えるから!」 「あうぅ…。」 哀れ…千里…。 「ふふふ、私達は引き続き掃除しておきましょうかー。」 そんな風にしょぼんとしていた千里に光が優しく声をかける。 「うん!」 それに嬉しそうな声を上げる千里。 良かったなぁ千里。 うんうんと何度か頷きながら、ちょっと目頭が熱くなってくるのを感じていたところで、光が俺の袖をくいっと引く。 「これでちょうど二人一組で役割分担できましたねー。」 微笑みながらそう小声で言ってくる。 なるほど。 まぁ早々に奥に引っ込んだ茜は差し置いて丁度二人ずつって事か。 「じゃぁ俺らは買い出しに行くか。」 そう言って隣の凪に声をかける。 「そうだね。」 凪もそう返して付いてくる。 「帰ったばっかりなのに大丈夫か? あれなら何買うか教えてくれたら…」 言い終える前に光につねられ、そのまま引っ張られる。 「痛い痛い!何だよ!?」 「せっかく私と木葉さんで自然に分かれるようにしてあげたんですから察してくださいよー。」 「やっぱり何か企んでやがったのか…。」 「そんな企んでただなんてー。 人聞きが悪いのですー。 彼女の事を聞きたいのなら凪さんが一番でしょうー? だからこの機会にお二人で話してきてくださいですー。」 「分かったよ…。」 気を取り直して凪の元に戻る。 「どうしたの…?」 戻ってきた俺に呆れた表情を向けてくる凪。 「あぁいや…こっちの話だ。 行こうぜ。」 それに頭を掻きながらそう返す。 「ふーん…?」 どこか、煮えきれないと言う感じの表情だが そのまま付いてくる。 まぁ仕方あるまい…。 並んで既に見慣れつつある薄暗くて長い神社の入り口階段を降りる。 「ありがとね、桐人。」 これを帰りは荷物を持ちながら上がるのか…。と少し気が滅入って来てたところで、凪が遠慮がちに声をかけてくる。 「ん?」 「雫はさ、私以外の人に対してはあんまり素直じゃないしちょっと生意気かもしれないけど…。 でもどんなに強がってみてもまだ小さい子供だからさ…。 本当はすっごく寂しいの我慢してくれてるんだと思う。 私もね、仕事しなきゃだしずっとは一緒に居てあげられないからさ。 ちょっと心配だったんだよね…。」 「そっか…。」 実際そうだろう。 本来なら小学校に通い初めて間もないくらいの年頃なのだ。 普通は同年代の子供と遅くまで遊び回って、友達の家でゲームなんかしてたり女の子だしおままごとなんかもしてるかもしれない。 そんな普通の生活を雫もしていたなら、こうも凪が心配する必要なんてなかったんだろうが。 でも、雫は違う。 そんな普通の学校生活も出会いもなく、友達と呼べる存在もいなくて、強いてあげるなら親代わりである凪ぐらいで…。 その凪がいなければ、あいつはいつだって一人なのだ。 今日だって茜も居ない神社で俺が来るまでずっと一人で留守番してたのだろう。 …まぁ茜は居ても雫の面倒なんて好き好んで見ないだろうが…。 その間雫は何をしていたのか? 何を思って一人の時間を過ごしていたのか。 彼女の中ではそれも普通になっているのかもしれない。 でもだから寂しくない訳でもないのだろうが。凪が心配になる気持ちも分かるし、でも生活の為に仕事だって大事だと思う気持ちも分かる。 「だからさ、忙しくなかったらまた遊びに来てあげてほしい。 今日もさ、本人から口に出したりはしないだろうけど喜んでると思う。 前にも話したけどさ、光とも前よりかはマシになったんだよ。 多分あの子にとっては初めての同年代の友達だからさ。 私としては少しずつでも仲良くなってくれたらなって思う。」 そう言って隣の凪は優しく微笑んだ。 「そうだな。」 以前光と一緒に行った(と言うより無理矢理付いてきたのだが…。)図書館で偶然凪と雫の二人と鉢合わせた事があって、その時に聞いた話だ。 最初、仲良くしようとする光に対して雫は心を一切開こうとはしなかったらしい。 と言ってもそれは単に人見知りだからとか素直じゃないからとかじゃなく、生まれ変わった直後だからこその不安や恐怖などもあったのかもしれないが。 まして知り合ってすぐにあんな話をされたなら誰だって自分から友好的に接したいとは思えないだろう。 でも、凪の言う通りそんな関係も少しずつは改善されつつあるらしい。 光もあれで真面目な時を除けば普通に小さな子供だから、一度距離が縮まればお互い通じる物もあり。 その日もなんだかんだ結局二人で仲良く絵本を読んでいたんだっけ。 「あ、ここだよ。」 しばらく歩いたところで、隣を歩いていた凪が足を止めたのは神社から徒歩十分くらいの場所に位置する小型スーパー。 凪曰く帰り道により易いし値段もリーズナブルだから重宝しているんだとか。 俺達が立ち寄った時、店の前にちょっとした行列が出来ていて、自然とその先に目を引かれる。 「あ、そう言えば今日抽選会やってたんだっけ。」 その目線の先に気付き、隣の凪が思い出したように呟く。 言われて行列の先を見ると、千円お買い上げ毎に抽選券一枚と書いてあった。 「せっかくだし買い物終わったら抽選してから帰ろっか。」 「だな。」 そのまま店内に入り、必要な材料とちょっとしたお菓子のアソートや飲み物などを買い、早速抽選会の列に並ぶ。 「私こう言うの初めてかも。 なんかワクワクするね。」 隣の凪は俄然乗り気だ。 言われて商品が書かれたポスターに目を向けると、二等は最新型のゲーム機本体、特等には有名なテーマパークの招待券らしい。 こう言うこじんまりしたスーパーの景品にしては豪華過ぎる気もするが、まぁあんな物は特等の玉がガラガラの中に入って無いとかだろうなと、前の客が渋い顔でポケットティッシュを受け取っている姿を眺めながら思っていた。 「あっ、次私達の番だね。 じゃあせっかくだし二人で一回ずつ回して行こうか。」 今回追加分の買い出しで入手した抽選券は二枚。 凪からその内一枚を受け取ると、まず初挑戦だと言う凪から回す事にする。 勢いよく回すと、出てきたのは黄色。 「はい、これシャボン玉ね。」 そう言って渡された駄菓子屋とかに売っているようなどこか懐かしさを感じるシャボン玉は、ポケットティッシュの一つ上に当たる景品だ。 雫へのお土産にはぴったりだろう。 「あはは、雫に良いお土産が出来たね。 じゃ、次桐人の番だよ。」 「おう。」 正直あまり期待はしてないし、軽い感じで回す。 …回したのだが。 出てきたのはこれまで見た事もなければ存在する事すら疑っていた金の玉。 思わず一瞬固まる。 それは凪も一緒なようで、手で口を押さえて言葉を失っている。 良くも悪くも人は本当に驚いた時は言葉を失うらしい。 そしてその沈黙は、その後に鳴り響く手持ちベルの音で強制的に終わらされて意識は目の前に引き戻される。 「おめでとうございます!二等のウイニーランドのペア招待券です。」 「「えぇぇ!?」」 やっと絞り出せた声はお互いそんな驚愕の叫び声。 そしてその叫び声を帰ってから今度は俺達二人に続いて木葉があげる。 「桐人君すごいね!」 流石に木葉ほどのオーバーリアクションはしてないながら千里も驚いているようだった。と言うか木葉のオーバーリアクションはオーバー過ぎて全くやる気を感じないのだが…。 と言うかわざとだろお前ww 「それでどうすんの? ペアチケットだよね?」 そんな俺の思いを分かっててスルーしてるのかは分からないが二枚のチケットを見比べながら聞いてくる。 実際ギャルゲーとかでこう言う展開になったら、一緒に行きたいヒロインを選んで一緒に行ってなんやかんや嬉し恥ずかしなエピソードを交えながら攻略したりするのだろうし、こうしてペアチケットを引き当てたのもそう言う展開の為のフラグとしてあるあるな展開だ。 普通にゲームをプレイする側だったとしたらこの状況は悩みに悩んで本当に好きなヒロインを選んで攻略を目指すだろう。 でも分かってますか? これ現実のお話よ? そりゃ期待したさ、こんな嘘みたいな幸運な出来事があったら調子にも乗りますよ、だって男の子だもん。 でも俺はちゃんと学習したんだ。 以前無理矢理ギャルゲ妄想の夢を見ようとして散々痛い目に遭ったのばかりジャマイカ…。もう期待なんかするまい…。 目から変な汁出てきたけど知るもんか。 あ、だじゃれじゃないよ?ほんとだよ? 「テーマパーク、ってなんなの?」 と、ここでそう口を挟んだのは雫だ。 駄菓子屋に居るのは以前見た事あるにせよ、複雑な環境にある雫にとってはテーマパークとか遊園地も遠い物なのか。 父親が自由奔放な俺ですら雫ぐらいの時には何度か連れて行ってもらっていたのに。 まぁ…そうは言っても実際親父の絵本作りの題材探しに付き合わされただけなのだが。 それでも当時の俺にとって遊園地で過ごした一日は本当に楽しい物だったし、今でも時折懐かしく思う大切な思い出の一つだ。 それを雫は知らないんだなと思うとなんだか悲しいと言うか寂しさのような物を感じている自分に気付く。 「「あ、じゃあさ!」」 思って声に出した時には、その声が凪の声と重なった。 「あ、ごめん。」 「いや、全然!先言ってくれよ。」 「あ、うん。」 「えっほん!よ~よ~見せつけてくれんじゃんお二人さん。」 そんな俺達の様子を見て木葉が不満げに茶々を入れてくる。 おっさん臭い咳払いしやがってからに…。 「ちょ…からかわないでよ…!」 照れくさそうに俯く凪。 「ぐへへ…お嬢ちゃん可愛い反応するね~。 おじさんと良い事しない?」 あ、これただのおっさんじゃなくて変態親父だわww なんなら自分でおじさんって言ってるじゃねぇか…。 「あ、あのね。 桐人さえ良ければなんだけど雫と二人で行ってくれないかな?」 気を取り直してとばかりに胸に手を当てて深呼吸してから凪が言ってくる。 実際それは俺も思った事だ。 余計なお世話かもとは思った。 でもこうして寂しさや悲しさを感じたからこそ、少しでも彼女にその喜びだったり楽しさを知ってもらいたいなと思ったのだ。 「えーこいつとなのー。」 前言撤回、やっぱくそ生意気だわこいつ。 「ぐへへ、じゃあお嬢ちゃんは私と行かないいかい?」 「ちょ!だからからかわないでってば!」 まぁとりあえずこの馬鹿は殴っとくか…。 「おい馬鹿、その辺にしとけ。」 「あだっ…ぶったね!?親にもぶたれた事ないのに!」 「うっせ、一回だけだろうが…。」 「もう…雫もそんな事言わないの。 桐人がくじを当ててくれなかったらこんな機会もなかったんだよ?」 「なら凪とが良いの!」 「私は…忙しいから…。」 凪だって生まれ変わってから遊園地に行った事なんていだろうし気持ち的に迷いはあるのだろう。 死神神社の巫女の中では一番の年上だと言うのもあって普段は二人の母親のように大人っぽく振る舞ってる凪だって姿は俺達となんら変わらない年頃の女の子なのだから。 多分色々我慢してるんだなと思う。 「本当に良いのか?」 せっかく雫に気を遣って言ってるんだろうなとは思ったけど、そう思ったから気になって聞いてみる。 「良いよ、実際最近忙しいし…。 それに本当はもっと早く連れて行ってあげたいなと思ってたんだ。 でも恥ずかしながら中々タイミングとかお金の問題とかもあって…。 駄目だねこんなのじゃ。」 母親の代わりをしてるのに。 そう言おうとして、いや、それに近い事かもしれない。 申し訳なさや不甲斐なさを感じる口調や雰囲気が、そんな思いを口に出さずとも伝わってくる。 「心配すんなって。 お前はちゃんと雫を守れてる。」 「凪は悪くないの!」 俺の後に雫が続く。 「雫っち、行ってあげなよ。 行って凪っちに思い出話をしてあげよ!」 さっきまで変態親父だった奴と同一人物だとは思えないほど優しい表情で木葉は言いながら雫の肩をポンと一度叩く。 こいつもほんとなんだかんだ面倒見が良いのかもしれない。 「うん、行っておいで。 当日は二人に元気の出るお弁当作ってあげるからさいっぱい楽しんで夜にお話聞かせて。」 そう言って凪は優しく微笑む。 その笑顔は向けられている側じゃなくても温かく心を包み込むようで。 本心からそう言ってるんだなと伝わって来た。確かに自分が行きたいと言う気持ちも全くない訳じゃないだろう。 でもそれ以上に雫の事を大事に思ってる気持ちの方が強いからこそ凪は今こうして優しく微笑む事が出来たのだろう。 本当にちゃんと母親してるよなぁ。 恐れ入る。 「し…仕方ないの凪がそこまで言うなら行ってやらなくもないの。」 言いながらそっぽを向いて照れくさそうにする雫。 「こーら、すぐまたそう言う事言う。」 そう言って凪が軽く雫の頭を小突く。 「うー…。」 頭を抑えて唸る雫。 「じゃあ、そんな訳だから桐人の都合の良い時に雫を一日お願いして良いかな?」 小突いた後凪は俺の方に向き直り頭を下げてくる。 「おう、任せろ。」 「ふ、ふん、よ、よろしくなの。」 凪に小突かれて仕方なく雫も照れくさそうにそっぽ向きながら言ってくる。 まぁ相変わらず可愛げはないがそこはまぁ仕方あるまい。 こいつにしては素直に言えた方だ。 「おう、約束だ。」 そう言って小指を差し出す。 「何なの?」 その指を不思議そうに見る雫。 そうか、雫はこれも知らないのか。 「お前も小指出してみろ。」 そう促すと、「こ、こうなの?」と返しながらおずおずと小指を差し出してくる。 「これはな、大事な約束をする時にする儀式みたいなもんだ。 指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲ますってな。」 歌いながらお互いの小指を絡めて何度か振る。 「うえ!針千本なんて飲みたくないの!」 その歌を聴いて、本気でびびる雫。 ちなみにこれ実際の語源は言葉通りグロいやつだしげんまんも漢字にしたら拳万だから本当はもっと怖いのだが、豆知識だよ!と叫んで雫に教えるにはまだ早かろう。 「そんだけ約束ってのは大事な物なんだよ。 指切りはそうならない為に絶対約束を守るって言う誓いなんだ。」 「わ、分かったの。 ゆ、指切りげんまんなの!」 まだ相変わらずびびってはいる物のとりあえず意味は伝わったみたいだし良しとするか。こうして俺は雫と二人で遊園地に行く事になった。 そしてそれが、この先の雫の運命を変えるきっかけになる事など、今の俺には知る由もない事だったのだ。
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