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雫編後編
1
雫と約束をした次の週の土曜日。
天候にも恵まれ…いや恵まれ過ぎて暑いくらいだが…今日はそのまま仕事に向かう予定の凪が雫を連れてきてくれる事になっていて今はその待ち合わせ場所であるバス停のベンチに腰掛けている。
気持ち程度にある屋根は気持ち程度の日陰にしかならず暑さは全然凌げそうになく、途中で買った缶ジュースも買ってすぐほどの冷たさはもうなくなっていた。
ちなみにここに来る前に今日はお留守番の光からお土産を買って来て欲しいですーとお願いされ買ってこないと殺す、ついでに私のもと言わんばかりの圧を母さんから送られ(お小遣いは送られませんでしたクスン)
買ってこなければならないと言うミッションは出来たものの、いつもなら意地でも私も行くと言って聞かない光もこの日ばかりはそんなミッションを課す以上の事はしてこなかった。
明日は雨かもしれん、いや槍でも降ってくるんじゃないか。
いや…やめとこう、一応ファンタジーって事になってるのにそんな事言ったら現実に起きそうで怖い。
〈幼女とのデートに気合いを入れて待ち合わせよりも早く集合場所に来るなんて相変わらず世界に一つだけのロリコンさんだね。
花屋の店先に並んで立ってる色んな子供を見てニヤニヤしてるみたいな?〉
「アホか!?んな訳あるか!?」
全力の猛抗議。
なんと言う事でしょう。
ピースフルで素敵な歌詞もロリコン仕様にするだけでガチで危ない歌詞に早変わりではありませんか。
やっと店から出てきたその人が抱えていたのはなんだったんだよって考えたら普通に怖くなってきたジャマイカwww
それにそんな損なオンリーワンはいらん!
あ、今ちょっと上手い事言った。
〈別に上手くないと思うけど…。
せっかく呼ばれたから出てきて素敵な(笑い)肩書きを付けてあげたのに。〉
「別に呼んでねぇよ…。
それに(笑)を付けんな。」
〈まぁ、そんな事はどうでも良いよ。〉
自分から切り出しといて切り捨てるのがあっさりなのももはやデフォじゃねぇか…。
〈分かっていると思うけど今日のお互いの動向は今後の未来に大きな影響を与えるからね。あ、だからと言って最終的にえんだああああああいやあああああな事になったりはしないからね。〉
「そこは別に期待してねぇよ!?」
〈…あなたは普通の子供が普通にしている事を彼女にもさせてあげたいと言う。
でも彼女にとってそれが本当に初めてなのかは実際の所分からない。〉
「生前にした事があるかもって事か?」
〈さぁ…?それが普通だとあなたがそう思うのならそうかもしれないね。〉
「含みのある言い方しやがって、何が言いたいんだよ?」
〈光からも聞いたと思うけど彼女達の未来が動く一番大きなきっかけは記憶の再生。
彼女の未来をどうにかしたいと思うのならその辺りを頭に入れておく事だね。〉
実際俺は雫の生前の事を知らないし、その時の雫はもしかしたら今よりもっと普通の子供らしい事をしていたのかもしれない。
以前、雨に言われて仕方なく一切の誇張無くく仕方無く(強調)俺を助けに来たと言う茜は学校と言う物に拒否反応があるようだと言っていた。
普通に考えて神社にこもりっきりで普段自分から外に出ようともしない今の茜と直接関連があるとは思えないし、おそらくそれこそが生前に出来たトラウマが原因の物だろう。
それと一緒で雫にもそのトラウマを彷彿させる場所があるとするのなら雨の言ってる事も分からなくもないが…。
「それにしてもどう言う風の吹き回しだよ?
最初は茜の事以外興味ないとか言ってた癖に。なんだかんだ他の二人の事も気にかけてんのか?」
〈そうじゃないよ。
ただ変に茜の未来をかき乱されるよりは他の二人にかまけてくれた方が良いかも?と思っただけだよ。〉
「最悪の理由じゃねぇか…。」
〈今は理由や手段を選んでる場合じゃないと思うけど?〉
くそ…言い返せん…。
それにしても…。
はっきりそうだとは言わなかったにせよ、今日一日のお互いの動向が今後の展開に関わるってのはやっぱり少なからず雫の過去にテーマパークが関係してるって事だよな…。
なら茜が学校でそうだったみたいに拒否反応を起こして入れないって事も考えられるって事か。
〈拒否反応を起こす可能性はそれだけじゃないよ?
例えば生前実際に行った事がない場所であって一見関わりが無さそうても雫の年齢柄その場に対する憧れやそこを自由に行き来出来る人間に対しての嫉妬と言う可能性も充分ある。実際トラウマの原因になり得る事なんてその人にしか分からない物だよ。
あなたにとってはそんな事で?気にし過ぎじゃない?と思うような事もそれを重く受け止め、憂う人間も居る。
まぁ実際それが直接の原因ではないにしろ自ら死を選びたくなる程のトラウマを抱えていればそうじゃない人間よりも繊細になるのかもしれないね。〉
「だからこそ何をきっかけに傷つくかも分からないし、おまけに本人がそのトラウマの存在に気付いてないって言う特異な状況だから余計に気を付けろって事をお前は言いたい訳だろ?」
〈まぁそうだね。
それさえ理解して行動すれば結果も少しは変わるかもね。〉
「まぁそれをしても絶対ではないんだよな…。」
〈それはもちろん。
運命と言うのは良くも悪くも不安定な物だからね。
それこそ攻略本を持ってあなたの大好きなギャルゲーをやるぐらいの気持ちでやらないと展開を操作するのは難しいのかもしれないね。〉
「どんな無理ゲーだよ…。
なんなら未来が分かってるお前でも出来ない話なんだろうが。」
大体俺は別にギャルゲーが大好きな訳じゃないよ?本当だよ?
〈それが出来るなら最初からあなたを利用したりしないよ。〉
言い切りつつ深いため息を吐いてくる。
「相変わらずはっきり言いやがって。」
それにつられてか俺も思わず言いながらため息。
〈私も多分生きてた頃には両親から危ない人には近寄るなって言われて育ってきたと思うから。〉
「本当に容赦ねぇなwwちくしょうww」
茜、雫、凪もそうだが本人の話では雨も生前自殺した事が原因でこの場にいるらしい。
そしてそれは茜を救いたいが為で、茜が神社の巫女になったのは自分のせいだとも言っていた。
まぁもっとも、その発言の意図を俺は未だに分からずにいるのだけど。
〈私が分かるのはあくまでも一番迎える可能性が高い運命だけ。
あなたが好きなギャルゲーで言えば開始した瞬間にエンディングを見るような物だね。
述語はあるのに主語と修飾語がない。
おまけに最初に言った通り未来とは人と共に変わる物だから結末から主語と修飾語を推理利している間に未来が急に変わる事もある。
だからあなたが大好きなギャルゲーのように上手くはいかない。〉
ちょっと?さっきから俺が大好きなを強調しないでもらっていいですかww
いや聞いて?そりゃ妄想はするけどもwwギャルゲーが好きな訳じゃなくて俺はもっと普通にRPGとか格ゲーの方が好きだからね?
本当だよ?嘘じゃないよ?
〈あなたの趣味なんてカタツムリとナメクジの違いくらいどうでも良いよ。〉
「俺の趣味はカタツムリとナメクジの違い以下かよ…。」
それに知らないだろう…カタツムリとナメクジは仲間であってもちゃんと別の生き物なんだぞ…。
だから無理に殻を引っ張ったりとかしちゃ駄目なんだぞ…?お兄さんとの約束だぞ?
〈そんなどうでも良い雑学は別に求めてないよ…。
その頭をもっと別の事に使った方が良いと思うよ?例えば勉強とか?〉
くそうwwww小学生にマジレスされたジャマイカww
「あれ、桐人早いね。」
ちょっと泣きそうになっていたところで、そう少し離れた場所から声をかけてきたのは凪だ。
その横には凪に手を引かれて一緒に歩く雫の姿もある。
これからバイトであろう凪はオレンジのシャツにジーパンを合わせたシンプルなコーデで、雫は花柄をあしらった可愛らしいワンピースにいつものデカリボンの代わりに黄色のキャップを被っている。
「おう、思ったより早く着いちまってさ。」
「そっか、今日はよろしくね。」
「おう。」
普通に声をかけてくる凪と違って一方の雫は照れくさそうにそっぽを向いて何も言わない。「ほーら、雫も挨拶!
あ、これ二人分のお弁当!後でゆっくり食べてね。」
雫の背中を軽く押しながら、もう片方の手に下げていた小さな手提げ鞄を差し出してくる。中には大きめなタッパー二つと小さなタッパーが一つ水筒、お手拭き割り箸などが入っていた。
「上がおかずで、下がおにぎりとか。
小さいのはデザートね。」
「ほー…。」
思わず感心して中身をその場で開封したくもなったがぐっとこらえて大切に受けとる。
「ありがとな、大切に食べるよ。」
「うん、それじゃ私は行くね。
二人はゆっくり楽しんで。」
言いながら小さく手を振り、背を向ける。
「おう、頑張れよ。」
それに手を振り替えし、残された雫に目を向ける。
「よ、よろしくなの。」
そう言って俺が座るベンチの隣に座る。
まぁ真ん中に一人分隙間があるのは仕方あるまい。
現在の時刻は余裕を持って朝10時半。
バスの時間もそろそろ。
ここまでは順調、か。
さっきまでの雨とのやりとりがある分、どうにも意識してしまう。
「なぁ、今日は楽しみか?」
とりあえず何気なく声をかけてみる。
「お前と行くのは不本意だけどテーマパークは楽しみなの。」
くそうww相変わらず茜とは違うベクトルで可愛げないなwww
「本当は凪と行きたかったの。」
「あぁそうかよ。」
個人的にそう言われて面白くない気持ちが全く無い訳じゃない。
でも雫がそんな風に思うのは仕方無い事だとも思うのだ。
そんなの雫にとっての凪がどんな存在であるのかを考えればすぐに分かる事だ。
だからあまり邪険にも出来ない部分もあった。「テーマパークはさ、本当に楽しい場所なんだよ。
だから俺なんかと行くより凪と行った方が楽しいのかもしれないな。」
だから皮肉も少し込めつつそうぽつりと呟く。それに対して雫は何も言わずぷいっとそっぽを向く。
「実際さ、俺も子供の頃みたいにクソ親父に取材名目で連れ回されるよりはさ、もっと違う友達だったり出来れば恋人だったり…そう言う一緒に行ったら絶対楽しいって思える人と行った方が良かったんじゃないかって思うよ。」
「何が言いたいの?」
お構い無しに不満全開でぼやくと、雫はもう一度こちらに顔を向けてから怪訝な表情で聞いてくる。
「だってよ、親父は息子の俺の意見を一切無視なんだぜ?
次はあれ、次はあれって勝手に決めて先々行っちまうんだよ。
俺が次あれ乗りたいって言う暇も与えないくらいに。」
「そんなのつまんないの。」
うんざりしたように言うと、雫もそれに同調して来る。
「だろ?でもな、結局最後には来て良かったって思えるんだよ。」
「意味が分からないの。」
「だよな。」
顔をしかめる雫の反応を見て、思わず笑ってしまう。
実際こう思えるのはそれが昔の事だと思えるようになったからだ。
当時は思い通りに遊ばせてもらえないことで拗ねたりもしたし一方的な喧嘩になったりもした。
「でもな、実際楽しかったんだよ。
確かに自由ではなかったかもしれない。
でもなんだかんだちゃんと考えて選んでくれてたんだなって今では分かるし。
最初はもう二度と行くもんかと思ってついて行くけど、最後まで回るとまぁ…もう一回ぐらいなら来てやっても良いかなって思えるぐらいにはな。」
「そんなに楽しい場所なの?」
「あぁ、俺が保証する。」
笑ってそう言い切る。
「ならちょっとは楽しめるかもなの。」
それを聞いて雫は照れくさそうにそう返す。
「おう、期待しとけ。」
と、そこで遊園地行きのバスが到着する。
「お、これに乗るぞ。」
流石に週末のこの時間で有名なテーマパーク行きのバスとなるとそこそこに人が乗っていて席もある程度埋まっていた。
それもその筈で今俺達が向かっているテーマパークは地方では最大級であろう人気スポット。
地元民はもちろん、他県からの観光客も集まり、早めに行かないとチケット売り場には大行列が出来るようなスポットなのだ。
バス車内にはそこに向かうだけあって配布用のチラシや固定された広告、バスの外側ボディーには人気マスコットキャラとその仲間達の装飾がなされ、乗客がこれからそこに向かうんだと言う期待が高まる仕様になっている。「おー!すごいの!」
これには流石の雫も子供らしくぱーっと広がるような笑顔で目を輝かせての大興奮だ。
よしよし、ここまでは順調だな。
バスに乗り込んで待つ事数十分。
終点であるテーマパークの前でバスは停車し、乗っていたほとんどの客が続々と降りてチケット売り場の方に歩き始める。
中には他の人を押しのけて走る人まで居て、そこから熱意が半端無く伝わってくる。
一方の隣を歩く雫はバスを見た時以上に目を輝かせていてもはや心ここにあらず。
ただ目の前に広がる景色に目を奪われている言う感じだ。
「おいおい、楽しみなのは分かるけどちゃんと前を見て歩けよ。
あとこれだけ人が居るんだからくれぐれもはぐれるなよ。」
そう注意するも、その言葉は全く彼女の耳には届いていないようで…。
「あ!あそこにウィッキーが居るの!」
そう言って雫が指を指したのは、このテーマパークのマスコットキャラである巨大ハムスターのウィッキー。
とっとこ歩くよ的な奴とは違って大好物はひまわりの種ではなくクルミ。
おまけにマスコットキャラだと言うのにそれを殻ごとバリバリ噛み砕いて食べると言うワイルドさとハムスター特有の可愛らしさが合わさったいわゆるギャップが若い女性を中心に人気なんだとか。
バス車内でチラシを何度見て名前もバッチリ覚えたらしく、すっかりお気に召したらしい。近付いて手なんか振ってる。
やれやれほんとこう言うとこちゃんと子供だよなぁ…。
そしてそれに気付いたその傍らにいるヒロインでありウイッキーの恋人ウイニーが手を振ると雫は更に大興奮。
声にならない声を漏らしながら今にも走り出しそうな勢いだ。
「あー待て待て。
先にこのチケットを係員に見せてからな。」
まさしく猪突猛進な背中をがしっと掴んでそのまま入り口ゲートまで引きずる。
「まだもうちょっと見たいの!
もうちょっと居るの!」
ジタバタと足をばたつかせながらギャーギャーと叫ぶ雫。
「分かった分かった。
入ったら幾らでも見せてやるから。
そしたら握手しても良いし一緒に写真も撮ってやるから。」
適当になだめると、雫は途端にバタ足を止めて再び目を輝かせる。
「本当なの!?それを早く言うの!」
相変わらず人の話聞かねぇよなぁ…。
こないだもそれで殺されかけた訳だが、多分本人は覚えてないだろうなぁ。
いや…未だにこそ泥って言ってやがるし覚えてるか…。
「なんか言ったの?こそ泥。」
絶対心の声聞こえてんだろ…。
「俺はこそ泥じゃねぇよ。
その誤解はもう解いただろうが。」
「そんな事はどうでも良いの!
早くウイッキーに会わせるの!」
これである…。
くそう…他人事だと思いやがってからに…。脳内でぼやきながら入場ゲートの列に並ぶ。相変わらず長蛇の列で、そこにチケットを買い終わった客も加わり、容赦なく熱気を運んでくる。
隣の雫はそんな状況で汗をかきながらも変わらず大興奮。
何でこのぐらいの子供ってこんな状況でも元気なの?
まだ入場すらしてないのにお兄さんもう倒れそうよ?
前方の行列を見て軽く立ちくらみが起きそうになりつつも、徐々に近付きつつある入場口に目を向ける。
なんだかんだ俺もこうしてテーマパークに来るのは久しぶりだなぁ。
ここ、ウィニーランドは実際俺にとって思い出深い場所だ。
あのクソ親父に散々連れ回された場所と言う意味ではと言えば癪ではあるものの…。
実際絵本のネタ探しで一番多く連れ出された場所なのだ。
久しぶりだし最近新しく追加されたアトラクションもあるとは言え園内マップは大体頭に入っている。
中から見える景色も僕らのアイドルウイッキー君もバッチリ記憶に残っているし写真やお土産のグッズも家には幾つか残ってる。
流石、年間パスポート勢は違う。
毎年年始にはパスポートを三人分お買い上げ。俺や母さんが行けなかったら一人でもフラリと出かけるとこからもクソ父の自由さっぷりが読者の皆様にも存分に伝わった事だろう。
まあでもそれだけ思い出として残るぐらいには回数が多いというのもあるが俺の中で大きな思い出であり記憶に刻み込まれているんだなと思う。
だからこそ雫にもそんな記憶が生前会ったんじゃないだろうかと思いたくなった訳だが。
そうぼんやり思っていたところで、ようやく入場ゲートの前まで着き、そのまま中へと入る。
入ったのだが…。
「おぉぉぉすっげぇの!」
入場ゲートの手前で広がる景色を見て今日一の大興奮で唸る。
まぁ雫は来るの初めてだし当然の反応か。
実際俺も最初はそうだったが親父は一切お構い無しで連れ回しやがった訳だが。
それにしても…。
「人が多いな…。」
入場ゲートの段階でその事実はとっくに分かっていた物の中に入って改めてそれを実感する。
実際その人だかりの中には雫のように入って早々大興奮する人よりもあらかじめ計画を立てていたのかさっさとお目当てのアトラクションの待ち行列に並ぶ人達の方が圧倒的に多く、一番手近な場所にあるアトラクションには既に長蛇の列が出来つつあった。
あえて遠いアトラクションを狙って奥へと走る人達や、とりあえず歩きながら少しでも空いてる場所を探してノープランに歩き回る人達も。
さてこの場は初めての雫も居るし俺達はどうしようかなと考えていたところで、早速隣の雫が居ない事に気付く。
「あいつ!」
慌てて走りながら辺りを見回すと、入場門から少し離れたところで風船を配っているウイニーから風船を貰って大興奮な雫の姿が見えた。
「やれやれ…。」
頭を抱えながら、一度ため息を吐き雫を小突く。
「あだっ!何するの!」
「何するのじゃねぇよ。
入って早々居なくなりやがってからに。」
「だってウイニーが風船配ってたの!」
「だってもクソもあるか。
それに言い訳すんならもっとマシな事言いやがれ。」
「むう…。」
「ただでさえこんだけ人が居るのにはぐれて迷子にでもなったらどうするんだ。」
まぁこいつの場合迷子になったとして帰れなくなる心配と後は食事の心配ぐらいだろう。
危ない輩に襲われてもこいつなら簡単に返り討ちにしそうだ…。
むしろ絡んだ輩を逆に同情したくなるレベルだぞ…。
まぁそれはさておき…。
「ん。」
言いながら手を差し出す。
「何なの?」
その手を見つめ不審げに聞き返してくる。
「だからはぐれないように手を繋ぐって言ってんだよ。」
「な、なんでお前なんかとそんな事しなくちゃいけないの!」
くそう、俺だってこんなクソ生意気なガキとよりギャルゲーで言うところのメインヒロインと手を繋ぎたいわ。
いや言わないけどな…。
だってそれっぽいシチュじゃん!
遊園地で手繋ぎデートとか非リアなら誰もが一度は憧れるシチュじゃん!
「良いから言うこと聞け。
聞かんのならこのまま連れ帰るぞ。」
「えー!それはもっと嫌なの!」
「なら素直に言う事聞け。
こんな場所で迷子になったらシャレにならんぞ。」
「むぅ…。」
せっかく来たのに帰らされるのも嫌だし、手を繋ぐのも嫌だしとその二つを天秤にかけて苦悩してるようだ。
「なら鞄にでも捕まってろ。」
とりあえずの妥協案を出す。
「これで良いの。」
照れくさそうにそっぽを向きながらシャツの袖を掴んでくる。
まぁこれぐらいが落としどころだろう。
「で、まずどうするよ。
ウイッキーと写真でも撮るか?」
鞄からカメラを取り出す。
今日来れない凪っちにも少しはその楽しさが伝われば良いよね、と前日に木葉が貸してくれた最新型のデジタルカメラだ。
明らかに高そうだから使うのが少し躇われるが、まぁありがたく使わせて貰おうと思う。
「写真って何なの!?」
「分かってなかったのかよ。
まぁ…実際に見せた方が早いな。」
手近に居たウイッキーの着ぐるみにカメラを見せて写真を撮らせて貰う。
一緒に渡された説明書通りに操作し、カメラのシャッターを切る。
雫の隣に並んだウイッキー君は流石マスコット。
撮られ慣れている分ファンサービスも忘れない。
エアクルミかみ砕きポーズを雫の隣で披露し、そのまま撮影に応じてくれた。
流石ウイッキー君、出来る男である。
そして彼の人気の秘訣には彼女に対する愛情と謙虚さからもうかがえる。
このテーマパークの名前を自分の名前ではなく彼女の名前にするように提案したのは他でもない彼なのだそうだ。
この幻想の王国を愛する君の為に、と。
なんともキザだがどこか憎めないそれが僕らのウィッキー君。
「ほら、撮れたぞ。」
そう言ってカメラの画面を見せてやる。
流石にその場で現像とかは出来ないにせよ、デジカメだから撮った写真を見返す事が出来るのだ。
それにしても流石最新型。
信じられないくらいの高画質。
エアなのにかみ砕いたクルミが見えてきそうなぐらい鮮明だ。
いや、まぁ流石にそれは誇張だが…。
そしてそれを見せられた雫は声にならない興奮のうめき声をあげている。
「こうやってその場の風景とか場面を記録したり、それを印刷したり出来るんだ。」
「な!なんかよく分からんけどすごいの!」
うん、こいつにはやっぱ実物見せなきゃ駄目だな…。
「ま、それはすぐに出来るもんじゃねぇから楽しみにしとけ。
絶対今より興奮するからな。」
そう言って笑ってやる。
「分かったの!」
それに雫も笑顔で返す。
やれやれ、ちょっとは可愛げもあるじゃないか。
そのままウイッキー君の方に歩み寄り、握手をしてもらう雫を見ながらそう頭の中でぼやく。
「握手して貰ったの!」
嬉しそうに歩み寄ってくる。
「良かったな。」
こう言うのも、たまには悪くないかもな。
…なんて思っていた時期もありました。
またかよ!と思ったそこの君、ナイスツッコミではあるが聞いてくれ、こっちにも言い訳はある。
「次!あれ乗るの!あ!あれも楽しそうなの!」
「ま…待て…。」
一度絶叫系の快感を味わった雫のその後の勢いは凄まじかった…。
元々絶叫系があまり得意な方じゃないのにウイニーランドの絶叫系で上位にいるアトラクションの数々を順番に次々乗らされるのだ。な?恐怖でしかないだろう?
思っていた事を考え直したくもなるだろう?おまけに運は雫に味方をしてしているのか、待ち時間も雫が選んだ時に限って短く…。
だからまだ入って数時間にも関わらず既にふらふら。
「なんなの?早くするの!」
「飯!飯にしよう。」
時間帯的に昼飯時だと言う事に気付き、慌ててそう定案する。
正直食欲があるかと聞かれるとこんな状態だから微妙だが構うもんか。
今は少しでも休みたい。
「そう言えば確かにお腹空いたの。」
言われて雫もお腹を抑えてやっと足を止めてくれる。
「そうだろうそうだろう。
ならそこの広場で…」
「じゃぁあれに乗ってからにするの!」
そう言って雫が指さすのは文句無しのナンバー1絶叫アトラクション、その名もヘブンズゲート。
開始早々に真っ逆さまに落下し、そのままヘブンズゲートと呼ばれるトンネルをくぐり次々に展開される途方もない高さの上り坂そして最高速で滑り落ちる下り坂。
そのままの勢いで回転しながら再びトンネルをくぐり、そのまま直進でスタート地点に戻る、と言う物だ。
おれ、この戦いが終わったら凪の作った弁当を食べるんだ(意味深)
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