凪編前編

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2  翌日。 「え、凪っちの事が気になる?」 早速千里と木葉に話をすると、木葉が怪訝な表情でそう聞いてくる。 「いや、まぁ…何と言うか…。」 今のところ、二人には雨にテレパシーを通じて色々な話を聞いていると言う事は話していない。 別に雨から言うなと口止めされてるからとかではないが、なんとなくそれを誰かに言うのは躊躇われて、今もその説明を省いて様子が気になると言う旨だけを伝えたのが、それがまずかったらしい。 変な勘違いをされてしまったみたいだ。 「へぇ…そうですか、そうですか、所詮私達はヒロインと付き合う為の引き立て役って訳ですか。 へぇ、そうですか、そうですか。」 「いやいやそんなんじゃねぇっての! ただ…さ、あいつってさ頑張り過ぎな所あるだろ…? 三人の中で唯一働いてるし、おまけに残り二人の世話まで毎日休まず、弱音も文句も吐かずに精一杯やってる。 あいつだって神社の巫女として生きる為に与えられた条件やリスクは一緒だってのに。」 「だから心配だって?」 「そうだよ…。 別に他意はねぇよ…。」 「ふ~ん…そうですか、そうですか。」 「何だよ…。」 一応事情は説明したはずだが、未だに木葉は気に入らないって表情だ。 「ま…まぁまぁ木葉ちゃん。 桐人君は優しいから凪さんの事を心配して言ってるんだと思うよ。」 「まぁ確かに凪っちは優し過ぎるなぁとは思うよ。 誰かさんみたいにね。」 「なぁんか一々トゲのある言い方だな…。」 「それで、優しすぎる誰かさんは自分の事棚に上げて優しすぎる凪っちが心配だから見張ろうって?ちょっと過保護すぎない?」 「いや…まぁ見張ろうって程じゃないけど… 。」 「ふ~ん…ならなんで急にそんなこと言い出すの?」 てか誰かさんって明らかに俺の事だよね?自分の事棚に上げてとか言ってるし…。 頭の中でぼやきながらも、木葉がさっきから気に入らない態度をしている理由が段々分かってきた。 おそらくこうして頼っておいて、具体的な部分をぼかして説明している事を、木葉は察しているのだろう。 ほんと、以外と鋭いんだよなぁ…こいつ。 考えてる事も分かってるみたいな態度とりやがるし…。 まぁ仕方ないかぁ…。 別に話して困るような事でもないだろう…。「実はさ…。」 渋々これまでの経緯を包み隠さず話す。 「ふ~ん大体そんな事だろうなとは思ってたよ。」 それも分かってたのかよ…。 と言うかこいつ最初から全部分かってル癖に 独り言言ってる奴だと思ってたんじゃないだろうな…? 「だってその方が面白いし?」 やっぱそうじゃないか…!? 「そっか、雨さんに助けてもらってたんだね。」 それに比べて千里の対応は神対応。 流石大天使幼なじみ。 大魔王の木葉さんにも是非見習ってもらいたい物である。 「誰が大魔王か…せめて魔女にしてよ。」 やっぱり考えてる事分かってんじゃねぇか…。てか大魔王は駄目でも魔女は良いのかよ…。 「それにしても…急展開…ね。」 一度舌打ちした後やっと本題に入らせてくれる。 もう舌打ちは突っ込むまい…。 「どう意味かはよく分からないけどその前の流れから察するにやばい状況ってのは間違いない。 で、それが来るタイミングも正直分からないって状況なんだ。」 「だから出来るだけ凪っちの様子を見ておきたい、と。 全く…それならそうと最初からそう言えば良いのに。」 言いながらまた口を尖らせる木葉。 「うぐ…。」 「まぁまぁ木葉ちゃん…。 桐人君ちゃんと話してくれたんだから…。」 自然なフォロー…流石大天使幼なじみである。そう思った所で木葉はまた露骨に舌打ちをする。 「まぁ状況は大体分かった。 それで優しすぎるのが心配ってのもまぁ分かるよ。 凪っち普段すごく無理してそうだし、何かの拍子に感情が爆発する可能性もありそうだし 、その優しさが何かのトラウマによるものって推察も分かる。 でもさ、凪っちだってそんなに弱くないよ。 だから雨っちが言う急展開って相当なのは間違いないんじゃない? それこそ凪っちの素性が一発で分かるくらいの。」 「確かに雨もそれを匂わすような言い方してたな。」 「私…やっぱり信じられないよ…。 凪さんが…その…自殺したなんて…。」 俯きながら言いづらそうに千里が口を挟む。 「そんなの…俺だって…。」 正直俺だって、その井事実をどれだけ分かり易く突きつけられたところで、素直にそうだと認める事が出来ずにいる。 実際、彼女は今普通に生きているし、俺も千里も、木葉だってそんな風には思えないと思えるぐらいには彼女の事を見てきたのだ。 「だからこそ、今度は私達がそうならないようにしよう。 せっかくこうして出会えたんだからさ。」 そう言って思い沈黙を破った木葉は、ついさっきまでのふてくされた表情とは全然違う真面目な表情だった。 「だよな。 確かにそうだ。」 その事実をちゃんと事実として受け入れられるかは別として今こうして出会ってこうして仲良くなれた彼女に、もう二度と自殺なんてさせるもんかと、そう改めて俺は誓う。 そして、実際にその時は本当にすぐに訪れる事となる。 その日の放課後。 部活を休み、俺達が死神神社に訪れるといつものように露骨に嫌そうな表情を隠そうともせずに無愛想な表情で当てつけるように、いや…最初から当てつけるつもりも包み隠すつもりもないそのぶれる筈も歓迎するつもりも全くない態度の氷のようにクールで冷たく容赦の一切無い毒舌。 だと言うのに扱う能力は炎。 そんな彼女こそ、ここ死神神社でリーダーを務める茜。 不屈のノーデレラ茜さんその人である。 「…勝手に意味も分からない不名誉な二つ名を付けないでもらえるかしら…。」 「相変わらずだな…。」 「…他の二人なら今は居ないわよ…。 無駄足だったようね。」 「うげ…ここに来た目的まで分かってのかよ…。」 げんなりした気分で言うと、茜はいつものように露骨に深いため息を吐いた。 この文章の流れでいつものようにが自然に使えてしまうのだから流石である。 いや…お世辞でも褒めるべき事じゃないが…。「当然でしょう…? 私は他の人間が考えている事が分かるのだから。 それにあなたがここに来ようと思った経緯もさっき雨から聞いた話から充分想定出来る事よ…。」 「ぐっ…。」 思った通りの反応ではあるが…。 まぁこっちだって想定の範囲内だ…。 「なぁ、そこまで分かってるんならさお前はどう思うんだ?」 「別に…私には関係の無い事よ。」 表情にも無関心である事が窺い知れる。 それはあまりにも素気ない物で同情なんて微塵も感じられない。 故に、言葉にも充分過ぎる程の説得力がある。「いやいや関係無くないだろ。 同じ神社の巫女じゃないか…。」 「何度も言わせないでもらえるかしら…? 私は自分さえ生き残れればそれで良い。 他の人間がどうなろうが私の知った事ではないわ。」 「相変わらずだな。」 そう、こいつは初めて出会った時からずっとそうだった。 他人を一切信じず、突き放し、優しさとか情なんて物は意味だと切り捨て、それを行使する人間を馬鹿と銘打つ。 彼女はいつだってそうだった。 己が持つ力で醜い欲にまみれた人間の心を試し、時に死に追いやり。 そんな中でこうも憎たらしくもなる程に捻くれた人格は形成されていった。 いや、こう考えてみはしたものの、俺はそうなるに至った経緯を詳しく知っていると言う訳ではない。 「何とでも言えば良いわ。」 興味なさそうにそっぽを向き、粗茶を一口飲む。 「いやでもよ、お前だって凪に貸しはいくらでもあるだろう? あいつがお前ら二人の為にどれだけ頑張ってるのかなんて毎日一緒に暮らしてるんだからお前にも少しは分かるだろう?」 そう言い寄ると、茜は湯飲みを横に置いてから深いため息を吐いた。 「えぇそうね…。 彼女は私が信じない物を当然のように持って、それを行使する事を自分自身を保つ為の拠り所にさえしている。 私には全く理解出来ない事よ。」 だって私にはそれがないのだから。 言葉にせずとも、そう言う意味合いを含んでいるようなニュアンスだった。 俺がそんなひねくれ者の彼女に興味を持ち、ここまで信じてこれたのは、言葉でそうやって突き放しつつも合間に感じられる仕草や言葉から、普段見せているそれとは違う何かを感じ取れたからに他ならない。 普通じゃない、複雑な環境の中で生きてきたからこそ、彼女がそうなっていったのなら、きっとそうなる前には彼女だってそれを持っていたんじゃないか。 してきた事は許される事じゃない。 でも俺は、彼女のそう言う本質も最初に触れたそうなった経緯も知らないのだから、それを知りたいと思った。 信じれたからこそ俺は彼女を信じたし、そしてもっと彼女の事を知ろうと決めたのだ。 だからこんなハバネロ対応でも泣かない! 男の子だもん! 「この私でも哀れになるほどの惨めさね…。 言葉も無いわ…。」 やっぱり泣いちゃう! ってか言葉も無いとか言いつつばっちり毒舌は吐いてんじゃねぇか。 「ねぇねぇ、茜っちも協力してよ。」 脳内でぼやく俺を押しのけ、今度は木葉が茜 に交渉する。 「だから…何故私がそんな事を…。」 同じ事を俺にも言われたからか、うんざりとした表情だ。 茜っちって料理出来るっけ?」 「っ…それぐらい私にも出来るわ。」 「じゃぁ掃除は?洗濯は?生活費を稼ぐためのバイトは?」 「で、出来るわ…。」 この意地っ張りさん! 茜だって本当は分かっているのだろうし、凪がしている事をいざする事になったらどれほど大変なのか…想像ずるのも恐ろしいらしい。そう言い張る目は泳いでいる。 おおう…あの茜がこんな表情をさせられるなんて…。 絶対敵に回したくない…。 「ね?キリキリの言う事、ちょっとは理解できたでしょ?」 「っぐ……。」 なんて思ってたらあの茜さんが言葉も失っただと…? 今木葉さんの戦闘値が凄まじいスピードで急上昇していく。 中古で買ったスカウターが一瞬で壊れた。 「じゃ、決まりね。」 そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女が悪魔そのものに見えた。 そこで茜は観念したように深いため息を吐いた。 こう言う風に普段はドギツイ性格なのに何だかんだ押しに弱い辺りもなんだかんだあいつの中にある優しさからなのではと思ってしまう。 「気味の悪い邪推は止めてもらえるかしら。協力しなければ自分に不利益を被る恐れがあるから仕方なく協力するだけよ…。」 「へいへい…。」 言い草は相変わらずだがとりあえず協力してくれるらしい。 「それで、当の凪は今日もバイトか? 雫も居ないんだろ?」 そう質問すると、茜はいかにもめんどくさそうにため息を吐いた。 「彼女達がどこに行って何をしているかなんて私の知るところではないわ…。 興味の無い事に一々干渉している程暇じゃないもの…。」 暇そうに粗茶飲んでた奴がよく言うよ…。 と心の中で毒吐いておく。 「あら…わざわざ興味も考える必要も無い事に注意を向けるより粗茶でも飲んで冷静さを保って自分に最も必要な事に頭を働かせる時間の方が有意義だと思うのだけれど。 何も考えずにただ突き進むだけのあなたと一緒にしないでもらえるかしら。」 内心の毒舌でもこの倍返しのカウンター攻撃を放ってくるんだもんなぁ…。 口には出さずに不満を目で訴えてやると、茜はまたため息を吐いた。 「凪がそうであるように、あなたも私が全く理解できない物を持って生きているわね。 理解したいとも思わないけれど。」 っぐ…。 んな事言われなくても分かってるさ…。 確かに俺は茜のように事前に何か考えて行動 するのが苦手だ。 実際状況が状況だったとは言え深く考えもせずに二回…いやもう何回死にかけたのかもはっきり覚えていない。 それに対して茜は元々高い戦闘力を持っていながら相手の思考を瞬時に読み取り、それを元に確実で手早く相手を仕留める戦略を組み立ててしまう。 ほぼ雨の力を借りてなんとか勝てている現状の俺とは全く大違いだ。 でもそれは彼女自身が他人を一切必要としない性格である事にも起因する。 確かに茜は、凪のような万能家事スキルはないのかもしれない。 いや、実際あいつの家事スキルとか知らんし甲斐甲斐しく家事とかしてるあいつの姿とか想像も出来んが……。 でもあいつは誰も必要としないからこそ全てを自分でしようとするし、それが普通だとさえ思っている。 そんな考えだからこそ彼女は一人で充分に敵を倒せるだけの力と、それを充分に生かせるだけの頭脳も手に入れた。 だからこそ、自分の為ではなく凪の立ち振る舞いが理解できずにいる。 そしてそれを馬鹿にさえしている。 そもそも前提が違うのだ。 必要としないからこそ一人である事が普通の茜。 光が言う通りなら嫌われたくないが為、必要とされたいが為に精一杯二人に尽くそうとする凪。 求める物や、考えは全くの逆なのに、茜と凪は血の繋がりは無くても家族と言っても良い繋がりを持っている。 実際、俺だって間違いなく良好とは言えないが…一応協力関係にある訳だが…。 「はぁ…仕方なくよ…。」 うん、良好とか不良とかって言う次元の話じゃなかったわwww 「あれー?桐人達来てたんだ。」 舌に毒蜘蛛でも仕込んでるんじゃないかと疑いたくなる茜とは対照的に、明るく実に友好的な態度で声をかけて来るのは、今回話題の中心になっている凪だ。 その横には俺達が居る事に気付いて露骨に顔をしかめる雫も居て、仲良く手を繋いで帰って来たところのようだ。 「お前ら相変わらず物好きな奴らなの。」 そんな憎まれ口を開口一番叩かれても、先に茜の毒舌で完膚なきまでに精神を抉られていたら痛くもかゆくもない。 毒を似って毒を制すと言う言葉があるが今なら他の誰かに何を言われようが余程の事が無い限り耐えきれる自身がある…。 まぁ、毒を以て毒を制すどころか、毒に完封され、毒されている、と言う方が正しいか…。「桐人達来るなら何かお菓子でも買っとけば良かったね。」 それに対してこの優しさ溢れるお言葉。 凪さんほんと女神。 「あ、いやいやお構いなく~。 急に来た私達の方こそちゃんと準備しとくべきだから。」 申し訳なさそうにする凪を、木葉がフォローする。 「大した物無いけど良かったらこれ食べて~。」 言いながら木葉が取り出したのは、どこから取り出したのかも分からない巨大なお菓子袋。それを背中に担いで引きずる姿は、さながら季節外れのサンタだ。 「良い子の雫っちにはこのジャンボペロキャンをあげよう!」 やっぱりまんまサンタじゃねぇか…。 それを見た雫は、あからさまに目を輝かせる。「すっ…すごいの!早くよこすの!」 そしてそう言って手を伸ばすも木葉はそれをひらりと交わす。 「ふふふん、良、い、子、の雫っちにあげよう。」 あるえwww?似たような絡みをどっかで見た事があるぞーww? 多分本来は分からない世界線の話…なんて言ったらなんか厨二っぽくなるから止めとこう…。 「そ、それを私にく、ください…なの。」 ちょっと顔を引きつらせつつ雫が言う。 うわぁ…むっちゃ嫌そうだなぁww。 「はい、良く出来ました!」 木葉の言葉に再び雫は目を輝かせる。 「しかしだが断る!」 予想を裏切らないゲスさ、木葉さんマジパナいっす。                「木葉ちゃん…そろそろ雫さんが可愛そうだよ?」 そこに千里が助け船を出す。 流石自慢の幼馴染、千里さん、マジ天使。 「あなた達はこんな茶番をしにわざわざこんな場所に来たのかしら…?」 わざとらし…いや、絶対わざと…盛大なため息を吐きながら皮肉を言ってくる。 「あれ、なんか用事だったの?」 濡れ縁に手荷物を置きながら凪が聞いてくる。「あぁ、まぁでも茶番はともかく…こうして来た目的通り…ではあるかな…。」 「え、何?どういう事?」 困惑した表情の凪にどう説明しようか悩む。 本人に説明するの、考えてなかったなぁ…。 どうするかなぁと考えていたところで…。 …それは…唐突に起こったのだ…。 「動くな。」 階段から突然、数名のいかにもヤクザ、と言う感じのサングラスに黒スーツの男達が現れ、俺達を包囲する。 「な、なんだ!?」 「え、な、何?」あ 突然の事に思わず驚きの声を出し、とっさに怯える千里を自分の背後に隠れさせる。 これには未だにペロキャンを渡すか渡さないかで戯れている木葉も手を止める。 「え!嘘、そんな漫画みたいな事ある!?」 いや、これより意味分からないこと今まで何度もあったわ…。 実際に起こってるのだからファンタジーじゃない、全て現実ってあいつが言ってたっけか …。 なんて悠長に考えてる場合じゃない…! 「大人しく言う事を聞くのならこちらからは何もしないと約束しよう。」 その中で一際高そうなスーツに身を包んだ男が前に出て言ってくる。 おそらくこのヤクザ達を率いてる親玉だろう。一度見たヤクザもどきなんかとは全く違う凄みとそこからくる説得力。 その時だった。 ついさっきまで気丈に振る舞っていた凪が、その男の顔を見た途端に顔を青ざめさせ、小刻みに体を震わせ始めたのだ。 「凪っち!?」」 「凪!?」 様子に気付いた木葉と雫が声をかけて歩み寄ろうとする。 「動くな、と言った筈だが?」 「っ…!?」 「…目的は何だ?」 このままじゃラチがあかない。 そう思い、覚悟を決めて問う。 「一人は話が分かる奴もいるようだな。 私がこんな所にわざわざ足を運んだ理由は一つだ。 久しぶりだな、凪よ。」 「っ…!?」 突然の言葉に茜を除く全員が驚く中、呼ばれた凪は更に青ざめた顔でその場にしゃがみ込む。」 「いっ…一体何なんだあんたは!?」 「これはこれは、申し遅れたね。 私の名は川崎大悟。 川崎総合病院の院長をしている。」 「か、川崎総合病院って…ここらで一番大きな病院じゃないか…。」 今名前の挙がった川崎総合病院は、俺が生まれるずっと前から続く歴史ある病院だ。 実際俺も何度か通院した事がある。 かの院長は名医と名高く、しばしば医療ドキュメンタリー番組などでインタビューを受けていた。 「そしてそこに居る凪は私の一人娘なのだ。」 「な、凪が院長の一人娘!?」 一方の凪はもはや頭を抱えたまま唸るばかりでまともに喋る事すら出来ていない。 あの凪があんなに怖がっているなんて…。 認めたくないが、それはあいつが言っている事が事実だと言う証拠に他ならなかった。 「じゃ、じゃああんたがここに来た目的は…。」 「どう言った経緯で凪がここで暮らす事になったのかは知らん。 だがまぁそんな事はこの際どうでも良いのだ。」 「どうでも良い…だと…!」 「凪には我が医院の後継者として教育を施す必要がある。 こんな場所で油を売っている時間など凪には一切ないのだ。」 そう言い切る表情は淡々としていて、不気味な程に事務的な口調だった。 少なくとも、残された遺族として心から心配し、迎えにきた、と言う感じでは無さそうだ。正直俺自身も腹が立ったし、言い返したいと思ったが、普段友達がそんな風に言われたらすぐに怒り出しそうな木葉が何も言わずに黙っているのが少し意外で、思わずその表情を覗き見る。 それはとても複雑な物で、迷いや焦り、でもどこか諦めにも似たような、複数の感情が入り交じったような物だった。 「木葉…?」 「え、あ…えと。」 とっさに名前を呼ばれて困っているという感じで、二の句を出そうとはしない。 気になりはしたものの、これ以上踏み込んでくれるなと言う無言の圧力のような物を感じた。 「凪を素直に突き出すと言うのならここに居させた事も不問としよう。 君達にも一切危害を加えるつもりはない。 悪い話ではないだろう?」 「ちょっと待てよ。 凪がどっちが良いとかは関係ないのかよ? 今の凪を見てなんとも思わないのかよ?」 「当然だろう、凪は私の娘であり家族なのだ。そんな選択肢など最初から存在しない。」 それを聞いて凪はまた肩を震わせた。 見てられない…。 「私もあまり時間が無いのだ。 誘拐の事実も無くなり、無傷で帰れる以上に何を選ぶ必要がある。」 「でも凪は!」 「何度も同じ事を言わせるな。 私は時間が無いのだ。 当然君達の相手をしている時間もね。」 だめだ…。 この人は全く俺達の話を聞く気が無い。 最も、最初から律儀に話を聞くつもりがある人間なのなら、こんな脅しまがいの方法を使ってまで連れ戻そうとはしないだろうし、顔を見ただけで凪がこんなにも怯える訳がない。でもだからって素直にこの人の言う事を聞くのか!?ただでさえ失ってた記憶が急に呼び起こされてパニックになってる凪をこのまま突き出すような事をしたらどうなるか分かってるだろう!? 頭の中で必死に答えを探す。 今日ここに来たのだって、凪を救いたいからじゃなかったのか。 それなのにこのまま終わって言い訳ないだろう!? 「ふん、言い返す言葉もないようだな。 連れて行け。」 「っ…!?」 クソ…このままじゃ…! と、ここでさっきまで我関せずを貫いていた茜が深いため息を吐く。 「残念ながらそれは出来ないわ…。」 「なんだと?」 「確かに、彼女はあなたの知る人物と姿形や声はそっくりかもしれない。 でもあなたも知っている筈よ…。 あなたの娘、川崎凪は数年前自宅で首を吊って亡くなったと。」 「あぁ、そうだったな。 しかしだが今も生きているではないか。 そのままの姿でな。」 「えぇ、彼女は生まれ変わったの。 この神社の巫女として。 故に今の彼女はあなたの娘ではないわ。」 「生まれ変わった、ね。 それならこちらとしては好都合だ。 自ら死を選び我が一族に泥を塗った娘にもう一度チャンスを与えてもらった訳だからな。」 「こいつ…!」 さっきまでどうするかばかりを考えていた頭がその一言で真っ白になり、代わりに今すぐ掴みかかりたくなる程に強い憤りが襲う。 流石にそれには黙っていた木葉も唇を噛み締めているように見えた。 やっぱりこいつは親なんかじゃない。 凪に対して一切愛情なんて無い、いや、人としてのそう言った類いの感情さえも一切持ち合わせていないのかもしれない。 「そう…事実を述べても無意味なようね。 ならどうするのかしら…? 力ずくで連れ去るのかしら…。」 憤りを隠せない俺や木葉らとは対照的に、茜は余裕の表情を一切崩さず、むしろ鼻で笑っているようだった。」 「手荒な真似はしないと言った筈だが、どうもラチがあかないようだ。 構わん、連れて行け。 邪魔する奴は抑えておけ。 何、心配はいらん。 多少傷が付く分には私が自ら治療してやろう。」 そう言って凪の父親が不適に笑うのと、ヤクザが俺達の元ににじり寄ってくるのは同時。 「ふぅ…面倒ね。」 茜はため息を吐きながら、札を取り出す。 そしてそれを迫るヤクザ達の周辺に向けて投げる。 「紫炎。」 パチンと指を鳴らすと、突然地面に刺さった札が燃え上がる。 「な、なんだ!?」 それにヤクザ達は怯んで後ずさる。 「お前達なんかに凪は渡さないの!」 そう言って今度は雫が言いながら大きく腕を振り上げる。 「ゼロウェーブ!」 そう叫んだと同時に、茜が出した炎も巻き込んで陸地に巨大な波が現れる。 「うわぁぁぁぁ!?」 これにはヤクザも大慌てで逃げ惑う。 「貴様ら…一体何者なんだ!?」 事の顛末を離れた場所から見ていた凪の父親も、これにはさっきまでの余裕の表情を崩して動揺している様だった。 「最初に言ったはずよ。 私達は神社の巫女。 これでもまだ実力行使を続けるつもりかしら…? それならこちらも容赦はしないけれど…。」 「っ…!?…良いだろう…。 今日は大人しく一度身を引くとしよう。 だがこれで終わりだとは思わん事だな。」 そう捨て台詞を吐いて渋々凪の父親はヤクザを引き連れて帰っていった。 「ふん!ざまあみろなの!」 それを見て雫は凪の父親らが去って行った階段に向けてあっかんべぇをする。 「お、お前らなぁ…。」 さっきまでの憤りは変わらずある。 実際俺も今にも手が出そうになった。 「相手はいくらヤクザとは言え生身の人間だぞ!?」 「な、何を怒っているの?」 言われた雫は戸惑っている。 一方の茜は特に興味も示さない。 「お前達の力は一歩間違えれば簡単に人の命を奪えるくらい強大なんだよ…。 いくら相手が悪いからって簡単に使って良い物じゃないんだ。」 「でも…あのままだったら凪は…。」 言われて一応思う所はあったらしく、雫は一度口ごもる。 「くだらないわ…。」 「なっ…。」 「そう言ってあなたは何も出来なかったじゃない…。」 「っ……!?」 ぐうの音も出ない程の正論だった。 「何の犠牲も生まず、誰かを守る。 そんな物は所詮理想論の偽善に過ぎないわ。事実あなたは何も出来なかった。」 そのぐうの音でない正論を、二度も突きつけられ、俺は言葉を失う。 「仮に犠牲が出たとしてもこれまで沢山の人間を自殺に追いやってきた今の私にはもはやどうでも良い事よ…。」 勿論納得なんて出来るはずがない。 でも彼女のその言葉には確かな説得力があった。 記憶を失った状態で生まれ変わった時から、だれに言われるでもなくとも彼女はずっとそれを普通だと思わされる人生をこれまで生きてきたのだから。 「…とにかく一度中に入ろう。 凪っちも休ませた方が良いし。」 ここまで黙っていた木葉が力無くそう提案してくる。 「そう…だな。」 それに茜は一瞬うんざりした表情を示したものの、一応は応じたらしく扉を開けて目線だけで迎え入れてくれた。 「おい凪、立てるか?」 それを受けて、俺は今もしゃがみ込んだまま震える凪に声をかける。 「ごめんなさい…ごめんなさい…。」 泣きながら謝ってくる姿に心がチクチクと痛む。 なんとか肩を貸してゆっくりと立ち上がる。。その間も、凪の体の震えは止まらず。 ただごめんなさいと何度も謝り付けていた。 それが既に立ち去った父親に対してなのか、それとも今の状況を見て心配する自分達に対してかは分からない。 いや、両方かもしれない。 そう謝り続ける凪の目は焦点が合っておらず、運んでいる間も虚ろだった。
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