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汚れ、冷えて赤くなった足を清め温めてからアルヴィンは寝床に入れられた。
暖炉の細い火と常夜灯が薄く照らす子どもの顔を、クレイグとサラはしげしげと眺め、声を潜める。
「毎晩なのですか?」
「ああ、ほとんどな。外に出るのは週に二、三度だが」
もうぐっすり眠っているのを確認して、サラはアルヴィンの前髪をそっとよけた。
その手つきは子守というより姉か母のように優し気で、寝息のリズムも変わらない。
「だから、夜まで君が付き合う必要はない。日中見てくれればそれで……っと、失礼。まだ慣れていなくてですね、」
うっかり普段のぞんざいな口調で話していることに気づいて、クレイグは慌てて社交用の言葉に戻す。
「構いません。私も修道院育ちで、一般的な『ご令嬢』ではありませんからお気遣いなく」
「ですが」
「それに、自分より年上の方にそのように畏まられると、身の置き所がなく感じます」
義理の息子達とも、サラは妹というにもまだ歳が離れている。
スタンリー達にも気安く話してくれるように頼んで、そうしてもらっているのだと言う。
「それでは私――いや、俺のことも『伯爵』ではなくクレイグと。軍の階級ではなく称号で呼ばれるのは、座りが悪い」
「はい、クレイグ様」
困ったような仏頂面で髪を掻き上げるクレイグに、くすりとサラは微笑む。「伯爵」と呼びかけるたびに居心地の悪そうな顔をしていたと思ったが、その通りだったのだ。
「でも毎晩ですと、アルヴィン様のお体が心配です。雪も降りだす時節ですし」
「かといって止める手立てもない。原因を取り除く必要があると言われたが」
両親の死がきっかけならば、時間が一番の薬だろう。
長引いているのかどうかは分からない。しかし、扱い方も、かける言葉も分からないクレイグはこうして見守るしかできなかった。
「明日から気をつけて見てみます。何か手がかりが分かるかもしれません」
「そうだな、頼む」
「とりあえず、私達も部屋へ戻りましょうか」
「そうだな」
「クレイグ様はまだお仕事を?」
「そうだな」
「クレイグ様、さっきからそればっかり」
「そうだ……いや」
代わりばえのしない返事に、とうとうサラは声を抑えて笑いだす。
面白くなさそうに眉を寄せるクレイグは、サラの視線から顔を背けて独り言のように文句を言った。
「……会話は苦手だ」
「そうだと思いました。旦那様も、家では口数が多くなくて……」
そう言ってサラは視線を落とし、何とも言えない沈黙が落ちた。
薄闇の中で鈍く光る金色の指輪を触るのは無意識だろう。
自分も黙り込んでしまったことに気付いたサラが、はっと顔を上げて寂しげな笑顔を作る。
「失礼しました。参りましょう」
そうしてクレイグは、再度促されてアルヴィンの部屋を出てサラと別れたのだった。
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