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同行してきた従僕が持った荷物を振り返って、ルイスはクレイグに尋ねた。
「男爵家から預かってきた、彼女は?」
「今はアルヴィンと庭に……いや、ちょうど戻ってきたな」
廊下に面した大きなガラスの両開きのドアから、屋敷へ向かって歩いてくる二人の姿が見えた。
走りでもしたのだろうか、頬を赤くしたアルヴィンは帽子の下で息を弾ませているようで、白く染まった空気の塊が次々と浮かんでは消えていく。
出入口のほうへと行きそうになる二人を、クレイグはガラス戸をノックしてこちらを向かせる。
ルイスを認めて驚いた顔をしたサラが、アルヴィンと手を繋いで進路を変えてやって来た。
「元気そうだね、アルヴィン。レディ・アークライトも」
「シャノーワー卿、ご無沙汰しております。ええ、この通りです」
戦地を転々とするクレイグとの間を取り持つという形で兄夫婦とも親交のあったルイスは、アルヴィンのことを、それこそ生まれた時から知っている。
それもあって今回の事態に気を揉んでいたのだ。
不意に現れた客人にアルヴィンは挨拶はしないが、背を向けて走り去ることもなくサラの隣に立っている。
調子に乗って撫でようと伸ばした腕には、さっと体を引かれたが。
クレイグに横目で睨まれて、苦笑いのルイスは取り繕うように従僕が持つ包みの一つをその場で開いて見せた。
中を見せられたサラの顔がぱっと明るくなる。
「テイノアの林檎……!」
「男爵家からの差し入れだよ。好きなんだって?」
中には、小ぶりな林檎が詰まっていた。一般に見かけるものより数段濃い赤色は黒に近いほど。
林檎をじっと見つめるアルヴィンに、サラは一つを手に取って差し出す。
「こんなに濃い色の林檎、アルヴィン様も初めて見ましたでしょう? でも、食べたらもっと驚きますよ」
受け取ったアルヴィンは、勧められるままにそっと顔を近づけて林檎の匂いを嗅ぐ。
色からは想像のつかない爽やかな甘さを感じさせる、どちらかというと柑橘類にも近いような芳醇な香りが立っていた。
膝を曲げて屈んだサラは、予想外の香りに表情を変えたアルヴィンと視線を合わせて微笑む。
「お昼前ですけれど、少しだけキッチンで皮を剥いてもらいましょうか」
「それがいいね。じゃあ、お二人さん、また後で。ほら行こう、クレイグ」
林檎の包みを抱えた従僕を連れて楽し気に去る背中を見送ると、二人は当初の目的地へと足を進めた。
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