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と、しばらくしてルイスの口調と雰囲気が柔らかいものへと変わった。
「……ずっと軍にいた君がその地位を辞して、柄にもない領地経営や社交を引き受けたのは、アルヴィンのためだってことは知っているよ。慣れないのによくやっていると思う。でも、肝心のアルヴィンを置いてけぼりにしている」
「俺には責任がある」
「ああ、そうだな」
クレイグ兄弟の両親は既にない。血縁の年長者としては唯一父の弟――トビアス卿――がいるのだが、病気がちで老齢の自分では領主の任は果たせないと、クレイグが伯爵家を継ぐように取り計られたのだった。
既に軍で実績を作り足場を固めていたクレイグには青天の霹靂でしかない。
とはいえ、拒否することは道義的にも心情的にもできなかった。
「でも、今のあの子に必要なのは保護者の義務ではなくて、泣きたい時に抱きしめてくれる温かい腕だ。夜も眠ったまま歩くほど、心を痛めている幼い子なんだよ」
若い頃から軍に属したクレイグは屈強な体格で、しかも顔面に目立つ傷跡まである。
子どもと接したこともほとんどなく、お世辞にも親しみやすいとは言い難い風貌と性格だ。優しげな面差しの亡兄とは少しも似ていない。
しかもこの数年は戦地にばかりいて、帰国したのは数えるほど。
当然、兄一家と満足に会うこともなかった。
ごく幼い頃にしか会っていないアルヴィンにとっては、ほぼ初対面である。
「それでも……アルヴィンはこの屋敷から出たくないらしい」
厳めしい風体の叔父に一瞬怯えた表情を見せたものの、その後は感情らしきものは浮かばずに距離を取られ続けている。
それは叔父だけでなく使用人達にも同様で、最低限の食事や身の回りの世話はかろうじて受け入れるが、時折庭に出るほかはずっと部屋にこもり、ただ時を過ごしている現状だ。
母親譲りのダークグレーの瞳はずっと曇ったまま。
気晴らしになればと、屋敷の外に連れ出そうとするたびに癇癪を起こし激しく抵抗する。
親を亡くした五歳の子どもが唯一表す感情は、それのみだった。
「なら、やっぱり子守を雇うんだね」
「そこまで言うなら、そんな酔狂な奴はいないことも知っているだろうが」
クレイグ自身も、甥のために子守を探し実際に何人も試した。
だが、難しい状態の子どもに手を焼いて三日と持たず去るのが常だったのだ。
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