5 訪問者は

4/5

147人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「……は?」  大分言いにくそうにしながら吐き出されたルイスの言葉に、さすがのクレイグも目を見開いた。  ウォーベック侯爵家はこの国の古くからの重鎮貴族で、ともすると公爵家や王族よりも財力・政治力ともに影響力があると目されている。  失態を演じるようなことをすれば、侯爵閣下の指図一つで消されることも珍しくないと聞く。近づくにも細心の注意が必要な家だ。 「あの家の次男な、ほら、俺らがプレスクールの時に上にいたろう」 「ああ、いけ好かない奴だった」  クレイグやルイスが初等教育を受けていた時、同じ敷地内の上の学園で見かけることがあった。  まるで自分こそが王のように取り巻きを引き連れて歩くウォーベック侯爵家令息は、学業も素行も褒められたものではなく、よくない方面で有名人だった。  子ども心にも不愉快な存在だったが、多額の寄付金と何と言っても侯爵家の名前の前に、教授達も逆らえなかったのが現実だ。  クレイグは嫌な予感がした。 「……もしかして」 「そう、多分予想通り」  目を付けられたのは、どこかの茶会で居合わせた準男爵家の美しい一人娘。  彼女には既に婚約者もいたが、貴族籍の末端でしかない者には逆らう術もない。 「強引に愛人にしたはいいが、一年もせずに飽きて遠い領地にポイ。母親は心と体を壊して、サラを産んで二年足らずで亡くなったよ」  その後、本家に引き取られたのだという。  当の父親は滅多に家に帰らず、いてもサラに関心はない。しかもサラの母が亡くなってすぐに政略で結婚しており、本妻は夫の愛人の子をいないものとして扱った。  サラは、侯爵家の広大な屋敷の片隅で、そっけない使用人から最低限の世話だけを義務的に受けた。  そんな環境で言葉も感情も育つはずがない。  侯爵家にとっては口封じを兼ねて引き取っただけの「余計な子ども」だ。  どれだけでも大人しく手間がかからないほうが、世話をする側にとっては面倒がなかったのだろう。 「母親だった女性の写真を見たことがあるけれど、綺麗な人だったよ。髪の色も顔立ちも、母娘でよく似ている」 「そういえば、アークライト男爵はそれで気が付いたと」 「……そうだな。修道院で知識や言葉は増えたけれど、感情を表に出すことはまずなかったそうだ。彼女が今のように笑ったり話したりするようになったのは、男爵家に来てからだ」  金色の指輪に目を落とすたびに、懐かしむような表情を浮かべるサラ。  時間は短かったが二人の生活は満ち足りたものだったと、その姿を見るだけで十分に分かる。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加