7 月のかけらは

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 田舎領地とはいえ、それなりに警備も配しているし使用人も一緒だとトマスからも聞いている。  心配することはないはずなのだが、クレイグの歩みは焦ったように速まり、吐き出す白い息は消える前に足されていく。  冷えた夜の空気に霜が降り始めた土が、サクサクと足下で音を立てた。  夜間にアルヴィンが外に出るようになって庭の照明は増やされたが、歩くのに差し支えないと言える程度で煌々と明るいものではない。  やがて凍った池の近くまで来る頃には暗がりにも目が慣れ、クレイグの息も少し上がっていた。  池の周りでは凍って萎れた草が、多めに配したランタンに照らされている。  そのオレンジ色の光は探した二人も浮き上がらせており、その後姿にクレイグは息を呑んだ。  自分を見上げるアルヴィンの隣で、サラは両方の腕を空へと伸ばしていた。下がった袖からは、裸の肘から指先までが見える。  星空を背景にして闇に浮かび上がる白く細い腕は、ちょうど低く浮かぶ月を掴もうとしているようで――きらりと光ったなにかが、指の先に見える。  それを掴んで、サラは腕を下げた。 「どうした、二人とも?」 「クレイグ様」  掴んだなにかを包み隠し、重ねた両の手をアルヴィンの前に出したまま、サラはクレイグのほうに顔だけ向けて微笑んだ。 「ええ、今、月のかけらを捕まえたのです」 「月のかけら?」 「はい。アルヴィン様、さっきの本のとおりでしょう? 月のかけらは空から落ちてくるときに氷になって、ほら」  サラはすぐにアルヴィンに向き直ると本を読むように語りつつ、組んだ手をゆっくりと開いていく。  さっきから目を丸くしているアルヴィンの口から、思わずといったように声がこぼれた。 「……あ、」  言葉を発したアルヴィンにクレイグは衝撃を受けたが、サラは驚き一つ顔に出さずにその「月のかけら」をつまみ上げた。
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