1 はじまりは

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 ブレントモアの領地は広く穏やかなところだが、辺鄙な田舎にある。  早々に近場での手は尽きて王都で人材を探してはいるが、有能な子守でわざわざここまで来る奇特な者がいるとは考えにくい。  現領主であるクレイグは戦地では名の通った軍人だ。  しかし雇い主としては怖がられるほうが多い。女性なら余計にだ。 「そう言うだろうと思った。アークライト前男爵未亡人に話をつけてきた、来週から来てくださるそうだ」 「なに?」 「ジェフリー・アークライト前男爵が去年、天寿を全うされたのはさすがに知っているな」 「あ、ああ。それを機にスタンリーが除隊して国に戻ったからな」  アークライト男爵家の三男の直接の上官ではなかったが、クレイグは長く軍籍にいるため大体の者を覚えていた。  その返事にルイスは満足そうに頷く。 「前男爵だが、数年前、長男に家督を譲った時に後添えのご婦人を迎えられていてね。ちょうど忌中区切りの儀礼で王都に来ていて、終わって領地に戻ろうとしていたところを口説いてきた」 「は?」 「来週から来てくださるそうだ。我がシャノーワー家とアークライト家の長年の付き合いで無理を言って通した依頼だ。いいか、失礼のないようにしろよ。少なくともその仏頂面と言葉遣いをどうにかしておけ」  言うだけ言って立ち上がると、ルイスは扉に向かった。 「礼はいらないよ。新兵時代にさんざん世話になった幼馴染への恩返しでもある。君には危ないところを救ってもらったからね」 「いや、ちょっと待てルイス」 「見送り不要。またな」  軽く上げられた右手が下がる前に、旧友は来た時と同じくらい唐突に去って行く。  後に残ったクレイグは、あっけにとられたままソファーに沈み込んだ。  テーブルに残されたのは自分達も学んだ寄宿学校の案内、そして一枚の手書きの便箋。  クレイグはその紙を手に取った。  それによると、この邸を訪れる手はずになっているのは、サラ・アークライト前男爵未亡人。  長いこと男やもめだった男爵が引退を機に娶った妻だと書いてある。  再婚してすぐに領地へと隠居し、その後は滅多に表には出ず社交から遠ざかっていたそうだ。  二人の仲は睦まじく、昨年、夫に先立たれ随分と消沈したらしい。  自分も修道院に入るというのをスタンリー始め義理の息子たちが引き留め、今後は領地で隠居する運びになっていた。  そこにルイスが話を持って行ったのだ。
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