8 告げることは

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 ……物語の中で『月のかけらは、空から氷となって落ちて』くる。  氷だから時間が経つと当然溶けてしまうが、稀に、春になってもずっと溶けないで『本物の月のかけら』であり続けるものが存在するのだ、とサラはクレイグに説明する。 「なるほど。それが『ちょっとした冒険』に繋がるのだな」 「そうなのです。主人公の男の子は湖で初めて『月のかけら』を目にするのです。それで、飴は、……同じことを、旦那様が私にしてくださったので」 「アークライト前男爵が?」  懐かしむような瞳は一瞬空を見て、金の指輪に戻る。  サラが亡夫のことを話す時はいつもそうだった。  その眼差しにこもる温度が、夫婦間のものというよりは、尊敬とか友愛といったほうがふさわしいようにも感じるのは、クレイグが恋愛の機微に疎いからかもしれない。  それでも、サラが前男爵のことを話すと、心の奥がざわつくのを止められない。  すぐ近くにいるのにどこか遠いところを見ている彼女に、行き場のない気持ちを持て余した――これまでも、今も。 「修道院で食べ物は足りていましたが、甘いものなどは口にしませんでした。慰問やバザーのためにパイやガレットを焼いても自分達は食べませんし、味見は院長先生達がなさいますので」 「ああ、まあ、そういうものかもしれんな」 「男爵家に来てからも、甘いものや、お茶や果物に慣れなくて……どうにかして私に食べさせようと、いろいろ考えてくださったようなのです」  果物などは比較的スムーズに馴染んだが、菓子にはどうしても抵抗があった。  教典以外の物語も読んだことがなかったサラに男爵は本を与え、領地にある小さな湖に連れ出し、先ほどのような演出で食べさせたというわけだった。
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