8 告げることは

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 不意を突かれたサラは一瞬きょと、と瞳を大きくしたが、ゆっくりと手を顎下に当てて思い出すように首を傾げる。 「そう、ですね。あの時アルヴィン様は、あんまり熱心に見つめていらして……私は確か、こう言いました『あの島に、大事なものがあるのですね』って」  まるで、目の前にあるのに触れられない宝物に焦がれるような瞳には覚えがあった。  かつていた修道院で、サラはそういう表情をよく見たのだ。 「それなりの年齢になってから院に入りますと、家族や友人が恋しい、という気持ちが強いようです。ご実家から手紙が届くことがあるのですが、受け取った人をすごく羨ましそうに眺めていて……その表情に、少し似ているように思ったのです」 「君は?」 「私は物心つく前からおりましたので、そういうことは」  困ったように微笑むサラに、クレイグはつまらない質問をした自分を恥じた。  最初から家庭に縁がなかったと聞いていたのに。 「……すまない」 「いいえ。でも……幸せだった場所に帰りたいと思うのは、自然な事なのですね。あの人達の気持ちも、今なら分かります」  そう言ってまた指輪へと落とされる視線に突き動かされて、クレイグは衝動的にサラのその手を取った。  過去の指輪ではなく、今を、自分を見て欲しかった。 「え、あの……?」 「アルヴィンが元通りになって子守を必要としなくなっても、ここにいてくれないか」 「クレイグ様?」  驚いて丸くなったサラの瞳が、自分を映している。  その事実に、クレイグの心は急速に満たされた。これからもずっとそうであればいいと願うこの気持ちが、恋心なのか独占欲なのか自分では分からない。  どちらでもよかった。同じことだろう。 「今もアークライト男爵を想っているのは分かっている。だが、俺はそんな君に、このままずっとここにいてほしいんだ」 「ええと、それは、子守りの次は家庭教師にと、そういうことでしょうか」 「俺の妻に、だ」  クレイグのその言葉にサラの手が跳ねる。  その程度で繋がれた手が外れることはなく、かえって強く握りこまれた。  返事は急がない、そう言った唇が自分の指に触れるのを、サラは声を失くして見つめるしかできなかった。
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