2 そのひとは

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 ブレントモアの屋敷の庭はそれなりに広いが、先代領主夫妻はそこまで庭園を重く見なかった。  一応の体裁が整っているくらいで目を引く花や温室などはない。  故伯爵夫人である義姉が自ら手入れをした小さい花壇と、領内を流れる川の水を引き込んだ中島のある池が見どころだ。  その二ヶ所、特に池をアルヴィンはよく訪れるのだった。 「義姉が好きだった花を植えていたそうです。この季節ですから、土ばかりですが」  雑草が抜かれ、落ち葉も掃かれた花のない花壇は、奥にある天使の白い石像だけが華やかだ。  その花壇の前を通り、池へと向かう。  やがて水の気配が近づいてくると間も無く、アルヴィンの姿が見えた。  池の淵ぎりぎりに立ったまま、まっすぐ前を見つめて動かないでいる。  まだ日は高いとはいえ、日陰には霜柱もあり風は冷たい。  指先が凍りそうなほどの時間が過ぎても、室内に戻るようにと促す使用人のほうをアルヴィンは見もしない。  二人は少し離れたところからしばらく見守っていたが、使用人からの困りきった視線にサラが口を開いた。 「私が行っても?」 「……どうぞ」  無駄だとは思うが、との言葉は口に出さず、クレイグは歩を進めるサラの背を見送った。  新しい子守りが来ることは伝えてあるが、反応を返さないアルヴィンが理解しているかは定かではない。  見ていると、アルヴィンのそばまで行ったサラは隣にしゃがんで何やら話しかけている。風向きもあって声は聞こえない。  相変わらず視線は池の中央にある中島のあたりに固定して動かないアルヴィンだが、しばらくすると弾かれたように顔をサラへと向けた。  動揺と驚愕が浮かぶ甥の顔に、クレイグは息を呑んだ。  種類はどうあれ、アルヴィンの感情を見たのは本当に久しぶりだった。  立ち上がり、差し出したサラの手にアルヴィンのそれが重なるまでは、また少し時間がかかった。  手を繋いでこちらへと戻る二人を、使用人と共に目を丸くして迎えるクレイグに、サラは軽く首を傾げてにこりと微笑む。 「寒くなってきましたわね。中に戻りませんか?」 「あ、ああ、そうだな。アルヴィンも」  幼いブルーグレーの瞳がクレイグを見上げる。  声も表情もないものの、視線を合わせ小さく頷いた甥に、ますます驚きを隠せないクレイグだった。
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