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1 はじまりは
灰色がかった雲が重そうに浮かぶ初冬。
冷たい霧が立ち込めるブレントモア領主の館は、新しい主人に似合いの武骨さで客を迎えていた。
「もう一度言う。クレイグ、君には無理だ」
日暮れ前だというのに明かりの灯された応接室で、ソファーに掛けたとたん投げ出された言葉にクレイグ・ブレントモアはその強面を歪める。
「ルイス。今日の昼に来たばかりで、よくもそんな口をきけるな」
「睨んでも脅しても無駄だよ。アルヴィンが君に懐いていないことは、一目見れば明らかじゃないか」
ルイスと呼ばれた男は、小さく息を吐きながら洒落たタイを軽く緩めた。
クレイグの拳が固く握られるのを見て、整った顔に浮かべていた苦笑いをすっと引っ込め、身を乗り出して真剣な表情になる。
「ブレントモア伯爵夫妻が亡くなって三ヶ月。弟の君が軍人を辞めて戦地から戻り後を継いで二ヶ月半。その間、もうずっとアルヴィンは喋りも笑いもせず、改善の兆候も見られない。これ以上は君の幼馴染としても、故人の友人としても看過できないよ」
「……医者が言うには、精神的なものだろうと」
「そりゃあね、突然事故に遭って両親は亡くなって。体こそ軽傷で済んだが心の傷は深いだろう。それなのに君って男は、慰めになるどころか怖がらせるばかりじゃないか」
呆れたように肩をすくめるルイスに、クレイグはますます怒気を強め眉間には深くシワが刻まれた。
「ほらほら、また。子ども相手に笑顔のひとつも向けられないような奴に、親代わりなんて無理なんだって」
「顔は生まれつきだ」
「そういう問題じゃない。ちゃんとした子守を雇うか、でなければ少し早いが寄宿学校に入れるんだね。同年代の子ども達と一緒に暮らすほうが、あの子だって気が紛れるんじゃないか?」
沈黙の中深く吐かれた息は、二人の目の前に置かれた学校案内の書類の上を滑っていく。
口論になると黙り込むのがクレイグだ。
大抵は沈黙による威圧感に押されてしまうのだが、さすがに古い付き合いのルイスはそんなことに負けはしない。
二人して押し黙ったまま、部屋には重い空気が立ち込めていた。
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