サリーと私

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「おじさん、ご本を読んで」  姪のサリーが絵本を抱えて書斎に入ってきた。サリーが入りやすいように、扉はいつも開け放してある。彼女は5つになる。本の面白さにとりつかれる年頃だ。 「ああ、いいよ」  私はチェアから降りて、サリーの手を引き、リビングに移った。  そろそろ一人読みもできるはずだが、サリーはさびしいのか、よく私に本を読んでもらいたがる。子供というものは、同じ話を何回聞いても飽きないらしい。私はもう空でも言えるようになった文句を繰り返す。  幾度も聞いたはずなのに、急にサリーが首をひねった。 「おじさん、チヘイセンって、何?」  茶色い瞳が好奇心にらんらんと輝いている。 「おお、地平線か。そうか、サリーは地平線を見たことがないんだね」 「それって、大きいものなの?」 「ああ、大きいさ。とってもとっても大きいさ」  私は微笑んで、眼鏡を外した。サリーが頬ずりする。 「私、見てみたい」 「そうだな。今度ドライブに行こう。高い高い山に登って、遠くを見るんだ」 「あ」  サリーは思いついた様子で、少し考えて言った。 「見たことあるよ、おじさん」 「どんな風だった?」 「白くてむくむくして、そうだ、ジョンにそっくりだった」 「ジョン? 誰?」 「パパとママとジョンがいたのよ。ジョンは大きくて、真っ白なわんわん」 「そうか」 「ジョンは死んじゃったって」 「そうなのか」  まだ、サリーは死というものの観念ができていないと私は思った。だから、サリーのパパとママのことは、サリーには話していない。もう少しサリーが大きくなるまでの隠しごとだ。 「サリーが見たのはね、それは雲だ。真っ白な、入道雲だったんだね」 「じゃあ、サリー、チヘイセンは見たことない」  サリーは笑った。私は眼鏡をいじりながら、つぶやいた。 「明日はお天気がいいから、さっそく出かけよう」
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