0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはよう中村!」
背後からの声で、私は至福の瞬間から我に戻った。
声の主は、私をバックハグしている中村君のお友達で、隣のクラスの早川瞬一君だった。彼は不思議そうに、私達をみて足を止めた。
そりゃあそうですよね。
クラスの人気者の中村君の腕の中に、地味っ子の私が顔を真っ赤にしているんだから。
「俺、町田さんと付き合えることになった」
中村くんの顔はみえないが、声色はとても明るく友達に報告している。
「良かったじゃん! 詳しいことあとで聞かせろよ。あっ、昼休みに食堂でな」
「オッケー。町田さんも一緒でいいかな」
「もちろん! 町田さんこれから太一のことよろしくお願いします」
早川くんは軽く私に会釈して、先に教室に歩いて行った。
私は返事が口から出ずに、頷くしかなかった。
女子の恋心を常に刺激するモテ男の早川くんと視線が合っただけで緊張するこの有様。
それと同時に、中村くんの腕が離れて、自然と私の左手を握って一緒に歩き出した。
二人の恋は、誰にも知られずにと思っていたのに、まさかの翌朝にフルオープンになるなんて予想していなかった。
階段を一階分上がりきったところで、
「俺たちが付き合ってることはクラスの皆には内緒にしていいかな。騒がれるの俺は苦手だから」
「そ、そうですね」
としか言えなかった。
中村くんはまだ分かっていない。
決して釣り合うはずがない二人がこうして、恋人として一緒にいることはきっと学校中の耳には入っているはずなのだから。
クラスの扉を開けて、さっきまで騒がしかった教室が沈黙と化す瞬間が怖い。
でも、それに怖じ気づいて逃げるほうがもっと後悔すると思う。
ずっと好きだった人と、醒めないリアルの中でいるほうが何より嬉しくてまだドキドキしている。
最初のコメントを投稿しよう!