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午前のワイドショーと水商売の客引き声を 目覚まし時計代わりに梨絵(りえ)がベッドから 起き上がると灰色(グレー)な世界に射し込む陽光が 生ゴミ臭い散らかった部屋を茜色に染めていた。 いつからだろう? この世界に昼と夜が無くなったのは… 地球が自転しなくなったからだとか 太陽が2つ出来たからだとか 憶測は多々あれど誰も原因を考察なんてしない。 そんな事はもうどうでも良くなったのだろう。 路上で嘔吐(おうと)する浮浪者の目の前を 談笑しながら横切る通行人達 残虐な事件や流行したウイルスもあっと言う間に 忘れ去られる… 夕焼け空が永遠に続く世界は人の心までも 白黒善悪のコントラストが曖昧(あいまい)な 何事も『無感心』なものへと変えてしまった。 床に寝転がる娘の由香(ゆか)を避けながら ゴミ袋を退()かして適当なスペースを見つけると ダンボールを枕にスマホの画面を眺める梨絵 『ゲームばかりで育児しない旦那と別れました あいつマジクソ!!』 その(つぶや)きに100個ついたSNSのスタンプ。 例え迷惑行為をWebにUPしたとしても考える事を 止めてしまったフォロワーから貰えるであろう その証は認められたのではなく流し読みされただけと 知りながらも偽りの安心感を彼女に与えてくれる。 ただ1つだけ曖昧にしたくない…真実の答えを 知りたい事が梨絵にはあった。 忍び寄る気配を感じ梨絵が顔を上げると 瞳に映ったのは片手を振り上げた幼子の姿。 生後1ヶ月半の我が子に引っ掻かれた唇の傷が 苦い記憶を呼び起こす。 育児に無感心だった旦那は由香が産まれた事を 全く喜んでくれなかった。 母子家庭、食事も間々ならぬ貧困の苛立ちから 言葉も話せず暴れ回る我が子に手を上げたあの日… 由香の腫れた左頬が視界に入ると 母親としての自信を失い梨絵の瞳は自然と潤い出す。 振り下ろされた由香の右手が(むち)の様に(しな)り 梨絵の顔面に触れた時、それは聞こえた。 「ママ…」 初めて聞いた我が子が自分を呼ぶ声。 (間違いじゃなかったんだ…この子を産んだ事 そして2人で生きると決めた事も…) 梨絵の涙を拭い去った我が子の右手が 『幸せ』という答えをそっと教えてくれた。
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